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ジュウザ



登場:原作(113〜121話) TVアニメ版(88〜97話)
   ユリア外伝、トキ外伝、北斗無双、他
肩書:南斗五車星
流派:我流拳
CV:安原義人(TVアニメ版)
   石塚堅(激打2)
   藤原啓治(天の覇王)
   浅沼晋太郎(天の覇王 少年期)
   平田広明(スマショ、リバイブ、パチンコ系)
   高塚正也(北斗無双・真北斗無双)
   市瀬秀和(DD北斗の拳)


身体データ
身長:183cm
体重:99kg
スリーサイズ:128・90・108
首廻り:44cm

 南斗最後の将を守護する「南斗五車星」の一人。ユリアリュウガの母違いの兄弟。変幻自在の我流拳での闘い方を得意とし、その拳の才能は、ラオウ達に匹敵するとまで言われた。

 かつて幼馴染であったユリアに恋心を抱くも、彼女が母違いの妹であることを知らされ、そのショックから無頼の道へ。南斗五車星となっても任務を全うせず、リハクからの召集を無視し続けた。その後、眠り薬を盛られて南斗の城へ強制的に連行され、そこで南斗最後の将と対面。将の正体がユリアであることを知らされ、自らの命を将のために投げ出すことを決意した。
 闘志を取り戻した姿でラオウの前に姿を現し、その変幻自在の拳で翻弄。だが本気でやりあおうとはせず、隙を突いて黒王号を奪取することで、拳王軍をその場に留めるという作戦を成功させた。

 その2日後、ユリアの愛した男・ケンシロウの、強く優しい姿を見届けた後、再び拳王のもとへ。防具を脱ぎ捨てて特攻し、体に塗った油でラオウの拳をすべらせ、見事にその懐に撃壁背水掌を炸裂させるも、秘孔鏡明によって両腕を破壊されていたため、致命の打撃は与えられなかった。その後、無防備の身体をラオウに打たせて大ダメージを負うも、そのまま右腕にしがみつき、自らの命と引き換えに右腕を折ろうと画策。しかしラオウの剛力の前にはそれすら叶わず、秘孔解亜門天聴を突かれ、将の正体を吐かされそうになった。だがその強靭な精神で秘孔の効果を打ち破り、「け・・・拳王の・・・ク・ソ・バ・カ・ヤ・ロ・ウ」と言い残し絶命した。

 2014年に発表されたSPエピソード『我が背に乗る者』の中では、彼の息子であるショウザが登場。母親や、ケンシロウと出会った経緯などは不明。尚、本編でケンシロウはジュウザと出会っていないが、このエピソードの中ではジュウザが己のために命を賭けてくれた存在だと認識している。



 TVアニメ版では、原作には登場しなかった雲の軍団員(?)が登場。アウトロー仲間としてジュウザに同行し、ダルカ一味から食糧を奪ったり、拳王から黒王号を奪取するための手伝いをした。しかし拳王との最後の戦いの際にはジュウザについてくるなと命じられ、その場で決別した。

 またラオウとの戦いにおいては、漫画では解亜門天聴に耐え切った後に絶命したのに対し、アニメではその後も戦いを続行。それまで以上の激しいバトルを繰り広げ、ラオウの連打を喰らっても倒れない程の意地を見せた。だが後に、戦いの中で既に死んでいたことが明らかとなり、死しても尚戦い続けたその精神力はラオウを驚嘆させた。


 『ジュウザ外伝 彷徨の雲』では、ユリアを死なせてしまったケンシロウに鉄拳を食らわせるため、各地を放浪。。その旅の中で様々な者達と出会い、懸命に生きる人々の姿を目にするが、自身はいつまでも生きる目的を見つけられずに葛藤する姿が描かれた。将の下へ連れ戻さんとするヒューイシュレンとのやりとりや、拳王軍の将となったリュウガとの戦い、その他レイマミヤアイリなどとも競演を果たしている。
 また、回想の中では五車星に入る事になったエピソードについても触れられている。娼婦である母の妹に育てられていたが、腹にある五つ星の痣が南斗五車星になる者の証だとして、ヒューイ、シュレン、フドウらと共にリハクのもとへと召集され、修行の日々を送った。その中でのユリアとの出会いのシーンも描かれている。

 『ユリア外伝 慈母の星』では、ユリアへの愛に殉じる宿命の男として登場。ユリアに言い寄るシンに対しナルシスト呼ばわりしたことで激しい怒りを買った。その後、船上パーティーに乗り込んできたシンに激怒し、船上にて激突。互角の闘いを繰り広げる中、チンピラの男に船を沈められ船内に閉じ込められるが、ユリアを死なせてはならないという思いからシンと協力する道を選び、二人の力を合わせて船外へと脱出。ユリアが言う「天から託された大いなる使命」を胸に、己の進むべき道へと歩みだした。

 『ラオウ外伝 天の覇王』では、ユリアの所在を追い、シンの支配するサザンクロスへ。だがそこでユリアが自害したという事実を知り、訪れたリュウガとレイナにその事を伝え、自分は酒を飲みながらシンとケンの決着を待つと告げた。また、作品内の台詞から、リュウガのほうが齢上であることが判明。

 『トキ外伝 銀の聖者』では、荒野で遭遇したZEEDの偵察隊からトキの噂を耳にし、奇跡の村へ。再会を果たしたトキにさっさと村を出るよう忠告するが、この村を守るというトキの信念を目にし、暫く村に留まる事を決めた。その後、村とZEEDの戦いを静観していたが、女や老人の戦う姿に触発され、自らも戦いに参戦。その後、ユリアが命を絶ったことをトキに告げ、再び放浪の旅へと出た。

 『北斗の拳外伝 金翼のガルダ』では、とある廃塔に訪れたガルダに対し、「気分を台無しにされた」との理由でいきなり小便をひっかけて挑発。拳を交え、相手が我流の南斗聖拳の使い手であることを見切ったが、最初の攻防だけでサッサと逃亡した。その後、将の居城へ向かうフドウと遭遇し、無理矢理城へと連れて行かれそになったが、協力を拒んで再び逃亡した。
 尚、ガルダが手に入れた将の居城の場所を示す地図は、かつてジュウザが持ち出して不用意に紛失したものであるらしい。




 物語が佳境に差し掛かる中、突如世紀末の荒野に傾奇者が現われた。その名は雲のジュウザ。掴みどころの無い、文字通り雲のようなその男は、その自由奔放な性格と圧倒的な強さで、一瞬にして我々読者の心を魅了した。登場数は僅か9話(生存期間は8話)と短いが、おそらくその人気は上位5人に食い込むほど高い。

 それだけ人気があるという事は、ストーリーの根幹に関わるさぞ重要な人物・・・と思いきや、意外にもそんなことは無い。彼が成した主な仕事は、ラオウ様を足止めしたことだけ。いちいち行動が派手なために印象には残っているものの、役割としては非常に地味なものであった。総集編ならバッサリカットされてもおかしくないレベルだ。実際、五車星編のリメイクとも言える「真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝 激闘の章」では、見事なまでに彼の存在が無かったことにされていた。名作として名高いプレイステーション版のアクションゲームでも、プロデューサーから「リハクやフドウより重要な人物じゃないから出さなかった」と言われる始末だ。

 こういった扱いはファンからすれば複雑なところだろうが、逆にいえばジュウザは「キャラクターの魅力」だけであれだけの人気を博したという意味でもある。近年では、大局的に歴史を見ればあまり重要人物でないという理由で、坂本竜馬を教科書から消そうという動きがあるという。だが竜馬の持つ人気は周知の通り。それも全ては竜馬の生き様に多くの人が魅力を感じているからだ。その男が何を成したかではなく、その男がどういう人間であるかという所に人は魅かれるのである。


 まず最初に読者のハートを掴んだのは、彼の破天荒な行動の数々であった。悪党めがけて放尿しながらの初登場。男子禁制の浴室へのダイブ。ラオウ様を前にしての奔放な振る舞い。自ら防具を脱ぎ捨てるという発想。そして秘孔にすら屈しない精神力。行動の全てが格好良く、派手で、コミカルで、魅力に満ち溢れていた。今までに登場したどんなキャラクターとも違う、ともすればこの終末世界には不釣合いな程に自由を愉しむその様に、我々は皆心を奪われてしまったのだ。

 彼の行動が人々を惹き付けるのは、そこに「笑顔」があるからだ。彼はとにかく笑っていた。死を覚悟した後も、そして死んだ後も笑っていた。その笑顔は一つではない。ユリアを忘れるために作られた偽りの笑顔。虚無を彷徨う己自身への呆れにも似た笑顔。ユリアと再会し死を享受した覚悟の笑顔。そしてラオウの秘孔に打ち勝ち、己の自由を貫き通した事に対する勝利の笑顔。あらゆる場面で様々な笑顔を浮かべるからこそ、ジュウザの行動には魅力と凄みがあるのだ。
 ちなみに彼はどれくらい笑っていたのか、実際に数えてみたところ、まるで図ったかように「笑顔」と「笑っていない顔」の数が丁度一緒で、その数は両方とも103(ジュウザ)という奇跡が起こっていた。やはりこの男、何かを持っている。


 冒頭の彼は、愛した女が妹だったという残酷な現実から逃避し、無頼の中を彷徨っていた。偽りの明るさを身に纏い、偽りの悦楽に身を委ねるその様は、彼が既に死人であることを意味していた。だがその愛する女との再会によって、男は生き返った。そして同時に彼は死に場所を得た。持ちうる全ての力を使い、強大すぎる相手へと立ち向かう。愛する女のため、そしてその女が恋人と再会するための「時間稼ぎ」のために。だがそれでいい。己が死ぬ理由に意味など求めない。ただ己の意思で彷徨い、己の意思で消えゆく。それが雲と呼ばれし男の生き様であり、死に様なのだ。我々の住む世界でそんな生き方を貫くことは実に難しい。そんな不自由な生き方を強いられているから、我々は雲のジュウザという男の生き様に憧れるのである。



●ジュウザが「我流の拳」を選んだ意味

 彼のキャラクター性をより引き立てているのが、我流で築き上げられたというその強さだ。彼の奔放な振る舞いも、強さという下地があるからこそ格好良く見えるのである。それがほぼ全て才能によるものだというのもまた鯔背ではないか。北斗の拳で「天才」といえばアミバなのだろうが、本当の意味での天才の名は、やはりジュウザにこそ相応しい。

 ジュウザの強さが最も表現されているのは、ラオウ様相手に変幻自在の蹴りを繰り出した場面であろう。あの世紀末覇者相手に背を向けるという自殺行為、からの後ろ蹴り、からの変則的な蹴りのラッシュ。結果的には全て防御されてしまったわけだが、最後の一撃をガードした拳王様の腕は痺れ、片膝を地に着けていた。かつて「拳王は決して膝など地につかぬ!」と宣言したあのラオウ様の膝を、蹴り一発であっさりと着地させたのである。

 なにより恐ろしいのは、それが全力には程遠い蹴りだという所だ。あれだけ軌道に変化を付けた蹴りを連続で、しかも片足で放つとなれば、当然反動をつける余裕など無い。つまりテイクバックを用いない、ほぼ下腿のみの動きで放たれた蹴りだという事になる。本来ならそんな遠心力も腰の回転も乗らない蹴りに威力などある筈が無い。が、それを必殺の一撃に変えられるのがジュウザという男であり、彼が天才である所以なのだ。

 ラオウ様が語った、ジュウザの拳の極意。それは「わずか数ミリの隙間さえあれば全エネルギーをため瞬時に致命的な打撃と化す」というものであった。それを両掌で実現させたのが撃壁背水掌・・・いわゆる寸勁である。しかし天才であるジュウザは、その極意を足でも行うことができた。それがあの変則的な蹴りだったのだ。一見軽い蹴りに見えても、相手の身体に触れたその足から驚異的な衝撃を与えることが出来る。これこそがジュウザの強さの真髄なのではないだろうか。

 もしこの仮説が正しいとするなら、ジュウザが我流を選んだのも当然と言える。我流の強みは、セオリーを無視した動きであるがゆえに攻撃が読まれにくい所にある。だが理に反した動きでは、攻撃に威力は乗らない。これが我流のデメリットだ。だが上記のように、もしジュウザの攻撃全てが必殺級の威力を持っているのだとしたら、そのデメリットは完全に解消される。「攻撃が読まれにくい」という長所だけが残るのだ。故にジュウザの我流は強い。いや、我流であるからこそ強いのである。


 ただラオウ様も仰られている通り、我流拳は守りの面に大きな不安がある。防御においては奇抜さは殆ど意味を成さないからだ。受けや回避の能力だけでなく、単純な防御力の方も怪しい。ラオウ様の蹴りを躱した際、その踵が「ピッ」と掠めただけで、ジュウザの脇腹は血が止まらぬほどの深手を負っていた。彼の攻撃力からは想像できない防御面の脆さだ。ゲームで言うところの「攻撃全振り状態」といったところだろう。まあそのバランスの悪さもまた魅力というか、天才だからこそ扱えるステータスって感じもするよね。

 とは言っても、ラオウ様との二度目の対決においては、全力パンチをまともに喰らいながらも意識を繋ぎ、更にそこから腕拉ぎ十字固めに移行するというタフネスさを見せた。脆いとは言ってもヒューイクラスよりは遥かに強靭ということだ。そのフォローに意味があるのかは知らんが。


 以上の事を総合してジュウザの強さを考えた場合、彼の拳において一番重要となるのは、「我流の拳ならではの変則的な攻撃」になるだろう。確かに攻撃力は凄まじいが、その威力が北斗や南斗を上回る程かと言われれば甚だ疑問だ。しかし攻撃の読みにくさという点では、全拳士の中でも群を抜いた能力を持っていることは間違いない。彼がラオウ様に対して言った「ほかの男ならば最初の一撃で死んでいる!」という言葉は、決して大げさな表現ではないのだ。一撃が敗北に直結しかねない北斗の拳の戦いにおいて、ほぼ確実に初弾を命中させられるという強みは、想像以上に大きい。故にその変則的な攻撃でいかに相手に防御させぬかが最も重要になるのである。逆にそれをガードされたとき、もしくは攻撃に耐えうる敵が現れたとき、戦況は一気にジュウザに不利に傾くことになるだろう。そう考えれば、案外フドウのようなタンク型のキャラクターこそがジュウザの天敵になりうるのかもしれない。



●ジュウザの天賦の才は血統によるものか?

 北斗の拳には割と天才がゴロゴロ転がっているので、ジュウザの天賦の才に理由を求めるのは野暮なことかもしれない。だが考えうる可能性があるなら、それを追求しないわけにはいかないだろう。ジュウザはなぜラオウ様に匹敵するほどの才能を持っていたのか。もしかしたらそこには、特別な血脈・・・・ユリアにも流れし南斗正統血統が持つ特殊な力が働いていたのではないだろうか。

 ユリアとジュウザは異母兄妹。つまり父親は同じ。この父親の方が南斗正統血統であった場合、もしくは両親共にそうであった場合、ジュウザにも南斗の血が流れているという事になる。ユリアに拳才は無いので、南斗正統血統にそのような力があるのかは全くわからないが、北斗の拳士の強さにおいて北斗宗家の血が大きなファクターを占めているのは事実。ならば南斗の血にもそのような力があっても不思議ではない。なによりその血統の中からリュウガという強者が誕生しているのだから、一考の価値はあるだろう。


 イチゴ味の中でもネタにされているが、ジュウザの家系はなかなか複雑な事情を抱えている。ユリアとリュウガは実の兄弟で、ジュウザは彼らとは母違い。しかし年齢的にはリュウガ>ジュウザ>ユリアであるため、彼らの父は、リュウガを作った後に別の女との間にジュウザを作り、その後に再び最初の女とユリアを作ったことになるのだ。

 この奇奇怪怪な現象の理由として考えられるのは、やはり南斗正統血統という特別な存在であろう。

 父方が南斗正統血統だった場合・・・彼が複数の女と子を作っても、特に不思議ではないだろう。血を絶やしてはならないという考えのもと、複数の女性との間に子を設けるというのは至極真っ当な理由だ。ユリアに対する周囲の態度からみて、この父親も相当身分の高い立場だったことは間違いない。国の法律など関係無しに複数の妻を娶っていたとしてもおかしくは無いだろう。

 図でいうところの「母A」が南斗正統血統だった場合・・・父親の方はただの凡夫ということになる。にもかかわらず、複数の女と子を設けたということになるのだ。つまり「南斗一族最高位の女と結婚して一族入りをさせてもらった只のパンピーのくせに浮気して他所の女と子供を作った最低の不貞野郎」なのだ。無論、そんな事をしでかした男を南斗側が許すはずが無い。死罪は免れても、嫁ともう一度やり直して二人目の子供(ユリア)を作るなど絶対に不可能であろう。つまり母方が南斗正統血統であるという線は限りなく薄い。

 そもそも、幼少期にジュウザとユリアが一緒に遊んでいたという時点で、母方が南斗正統血統である可能性は低い。その場合ジュウザは父の不貞で生まれた子供。そんな者が、大事な大事な未来の将の遊び相手を務めさせてもらえる筈が無い。父の不貞が文春砲されず、浮気はバレていなかったというケースも考えられるが、その場合ジュウザはどこの馬の骨とも知れぬガキだということになる。尚更ユリアと遊べる立場ではない。公表こそされていないが、ジュウザもまたユリアと同じ南斗正統血統という"血統書付き"だったからこそ、彼はあの場でいることができたのだ。

 以上のような理由から、南斗正統血統はユリアの父方であり、その男の血を引いている事から、ジュウザもまた南斗正統血統である可能性は高いと推察される。もしかしたら父も母Aも母Bも全員南斗正統血統だというケースも考えられるが、その場合はどのみちジュウザも正統血統確定となるので、結論としては変わらない。


 だがこれが明らかになったところで、南斗正統血統と強さの因果関係が証明されたわけではない。しかし北斗の拳において特別な血を持つ者たちは、必ずその時代を担う宿命を持って生を受ける。ラオウ、トキ、ケンシロウという最強の三人が同じ時代に生まれたのは、それだけこの終末世界が救世主を欲し、同時にその救世主を支える存在を必要としたからに他ならない。そしてそれはユリアやリュウガ、そしてジュウザもまた同じ。彼らもまた各々が成すべき宿命を背負ってこの世に生を受けた者達なのだ。

 しかしジュウザが成したのは「ラオウを2日間だけ足止めした」ことだけ。それがジュウザの成すべき宿命だったというのか。その答えはイエスだ。確かに地味な役目ではあった。だがジュウザ以外にそれを成しえることができなかったのも事実。ジュウザが強かったからこそ、ラオウ様は黒王号を降りた。そのおかげで黒王号を奪うチャンスが生まれた。そしてジュウザの心が強かったからこそ、彼はあの黒王を乗りこなすことができたのだ。

 ジュウザには、ラオウ様を倒せるだけの強さはなかった。だがその代わり、ラオウ様から2日間という時間を稼ぐことのできる強さを持っていた。それこそが、南斗の血がジュウザに与えし天賦の才。そして宿命。一人の天才が命を賭して稼いだ2日間という時間・・・それがあったからこそ南斗の城でのケンシロウとラオウの対決が実現し、巡り巡ってそれが後の世界太平へと繋がったのである。