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アミバ



登場:原作(45〜51話)TVアニメ版(33〜36話)
   ラオウ外伝、トキ外伝、北斗無双等
肩書:トキの偽者 拳王偵察隊
流派:アミバ流北斗神拳 南斗聖拳
CV:土師孝也(TVアニメ版、PS版、他)
   堀内賢雄(CR北斗の拳、リバイブ)
   興津和幸(天の覇王)
   関智一(北斗無双・真北斗無双・DD)

 トキになりすまし、秘孔究明のための人体実験を繰り返していた男。拳王の配下の一人。

 かつて南斗聖拳を学んでいたが、誰からも奥義を授けられなかったため、北斗神拳に着目。その使い手であるトキの噂を聞き、奇跡の村へと訪れたが、足の悪い老人いいかげんな秘孔を突いたことで症状が悪化。それを見て駆けつけたトキに押しのけられ、その際に手が顔に当たった事で激怒。だが逆に力の差を見せつけられたことで、トキに激しい憎しみを抱いた。

 トキがカサンドラに幽閉された後、顔を変えてトキになりすまし、奇跡の村を支配。村人達を木人形(デク)と呼び、秘孔究明のための実験体として多くの人間を虐殺。これによりトキの名を殺人鬼へと貶めた。

 噂を聞きつけて訪れたケンシロウにも正体を見破られること無く、「トキ」として対決。戸惑うケンシロウを相手に互角の勝負を展開する中、本物のトキの証である背中の傷をも披露したが、逆にそれでケンシロウが吹っ切れてしまい劣勢に。しかしユウの母親を囮にすることで、ケンシロウに秘孔 戦癰を突くことに成功。動きを封殺し、勝利を確信するものの、現れたレイによって正体を暴露され、それによりケンシロウは怒りの力で秘孔縛から脱却。本気のケンシロウの前では全く相手にならず、自らに秘孔を突いてアミバ流北斗神拳を繰り出すも、指が破裂して自滅。最後は北斗残悔積歩拳を喰らい、意志とは関係なく後方へと歩かされ、テラスから落下しながら爆死した。




 TVアニメ版では、ハブギュウキの他にも、秘孔によってパワーアップした部下達が登場。原作で髪の色が黒だったのが白髪に変更されている他、テラスから落下するときの断末魔が「うわらば!!」から「拳王様〜」になっている。尚、担当声優はトキ、アミバとも土師孝也氏が担当している。





 『ラオウ外伝 天の覇王』では、トキへの復讐を果たすために拳王軍に入り、トキの偵察隊に就くことを志願。トキになりすまし、近くの村人達を殺しまわることで、救世主としてのトキの名を地に落とした。その後、副軍師のウサより、トキの連行もしくは抹殺との命を受け、再びトキと対面。北斗神拳をヒントに編み出した北蛇鍼拳で挑むが、全く通用せず、北斗有情拳にて敗北。秘孔を解除されたことで命は救われたが、その後一週間眠り続けた。

 携帯小説版によると、大戦前には鍼灸の医師を務めていたらしい。





 『トキ外伝 銀の聖者』では、奇跡の村のトキの診療所を訪ね、診療の手伝いをするかわりに北斗神拳を教えてくれと打診。しかし拒否され、その後は原作と同じエピソードを経てトキに憎しみを抱くに到った。

 復讐のためにZEEDに入れ知恵し奇跡の村を襲わせるも失敗。だがそのトキへの復讐心がジャギの目にとまり、利害の一致から手を組むことに。己がトキに成りすますというジャギの策にのり、秘孔による顔の変形や、背中に傷をつけることによって作戦を実行。奇跡の村を盗賊に襲わせ、そいつらを自らの手で壊滅させるという自作自演により、村人達に本物のトキであると信じ込ませた。





 『レイ外伝 蒼黒の餓狼』では、南斗聖拳の修行時代にユダと手を組み、レイを暗殺して南斗水鳥拳の伝承者にならんと画策。闇闘崖に立つレイに向けてボウガンを放ち、深い崖の下へと落下させた。その後、生きて帰ってきたレイに正面から挑むも、水鳥拳の女拳を会得したレイに攻撃を全て避けられた。

 アスガルズル編では、シンのもとへと訪れ、アスガルズル攻略は容易ではないと忠告。エバを殺し、アスガルズルを手中に治めているのが、前南斗水鳥拳伝承者のロフウであることを教えた。





 『北斗の拳外伝 天才アミバの異世界覇王伝説』では、ケンシロウに倒されたアミバが異世界に転生。元の世界のキャラとよく似たキャラクター達との出会いやバトル、そして魔法と拳法を駆使しながら、冒険を繰り広げるというストーリーとなっている。






 物語は北斗の兄弟達を巡る闘いへと突入し、その先陣を切ったのが、北斗の三男・ジャギ。容姿や性格、決め台詞等、全てにおいて高いインパクトを残した彼の功績により、北斗の拳の人気は更に加速した。次はどんな面白い敵が登場するのか。高まる読者の期待を受け、満を持して登場したのがこの男。次兄トキ……の偽物、アミバであった。


 ここで更に勢いをつければ、北斗の拳は更なる高みへと昇る事ができる。アミバが登場したのは、作品の今後を左右する大事な局面であった。結果、彼はこれ以上ないほどの形でその期待に応えてみせた。まさかもまさか。ジャギに引き続き、漫画史に残る傑作キャラが連続して生まれたのだ。北斗の拳がレジェンドと評される漫画となったのは、このジャギ→アミバという奇跡のリレーが実現した事も要因の一つであることは間違いない。


 ひとえに人気キャラと言っても、ジャギとアミバのそれは趣きが異なる。ポピュラーな人気を得たジャギに対し、アミバはカルト寄りな人気を博した。それを肌で感じられるのが、アニメ版でのイジられ方だ。




「お、俺がアミバ様の部下だった時に一度だけケンシロウを見たことがあるんでさぁ!…履歴書に書いといた筈ですが…」

とモヒカンが上官に報告すると





「アミバ?誰だそりゃあ」

とヤコブから辛辣な返答をされたり






ラオウが天に帰り、光が蘇った世界にて充実感を滲ませる氏の姿を拝むことができたり





最終話においては、去り行くケンシロウを見送る北斗の軍の一団の中に、かつてのリンの愛犬・ペルを抱える氏の姿も確認できる。

もはや悪ノリするアニメスタッフのおもちゃ状態だ。




 だがそれに先んじてアミバの魅力に気付いたのは、読者の方だった。かつて存在した「ファンロード」なるアニメ・漫画特集誌。これが、アミバ人気の火付け役となったという言う人は多い。

 この本には、毎月ひとつの作品にスポットを当てる「シュミの特集(通称シュミ特)」という記事があり、その中に読者投稿を元に辞典を作る「シュミの○○人名辞典」というコーナーがあった。通常はその特集した作品にまつわる辞典になるはずなのだが、何故か毎回必ずそこに「アミバ」の項が存在したのだ。何かがきっかけで盛り上がり、毎月誰かがアミバを投稿するという流れが生まれたのだろう。

 辞典のコーナーなので、掲載順がカナ順になっており、そのため「アミバ」は一番最初に掲載される可能性があった(実際は殆ど無かった)。それを巡って、今回も駄目だっただの、何に阻まれただのという形で盛り上がるのが定番化していたと記憶している。

 だがこれは凄い事だ。折角好きな漫画が特集されているのに、いつも必ずアミバという名の異物が紛れ込む。本来なら嫌がられても仕方のない現象だ。だが読者達はむしろそれを毎月の楽しみとして暖かく受け入れたのである。ファンロードを愛読する全ての漫画ファンに認知され、愛されたという奇跡が、今のアミバの人気を確立したといっても過言ではないだろう。





●モデルとなった人物



 アミバのモデルとなったのは、クリストファー・ランバートというフランスの俳優だと言われている。画像は、1984年の映画『グレイストーク -類人猿の王者- ターザンの伝説』に出演した際の格好だが、肩まで伸びるソバージュにヘッドバンド、そして眉の無いジト目と、全ての部品がアミバと符合する。

 よくアミバのモデルはマリリン・マンソンだと勘違いしている人も多いが、彼がバンドの一員としてデビューしたのは1989年であるため、アミバの登場よりも大分遅い。





●当初は本物のトキだった?

 ネットでよく見かける噂として「当初アミバは本物のトキとして登場したが、方針変更で偽物になった」というものがある。

 だが私の知る限り、この話のソースは存在しない。あくまでネット上で発生した噂レベルの話らしい。

 先生方のお話を聞くまで真偽は不明だが、正直言ってこの話、私はかなりデマだと思っている。というのも、根拠が弱すぎるのだ。


 まずよく言われているのが「アミバが最初強かったのは本物のトキのつもりで描いていたから」というもの。で、途中で偽物に変更されたから急に弱くなったということらしい。

 いやいや……ちょっと待て。最初から弱かったら速攻でバレちゃうだろ。本物?偽物?どっちなの?と読者に思わせなきゃならないんだから、強さで判別できないようにするだろ。


 他には「北斗の拳は行き当たりばったりで描かれていたから」というのも理由に挙げられている。確かに当初はシンで終わる予定の漫画であったのだから、アミバ編も先が決まっていなかったのかもしれない。ならば急に路線変更になったとしても不思議ではないということだ。

 だがそれなら、本物か偽物か判らないという疑念を抱かせての登場はおかしくないか?「この人がトキです!」という形で登場させて、後々「実は偽物でした!」という展開なら言い分も理解できる。だが実際は、本物とも偽物ともとれる登場の仕方だったわけで、これを受けて「本物のトキのつもりだった」と断じれる理由がわからない。というか、本物か偽物かわからないという展開で「本物やったんかい!」ってなるパターンて相当レアじゃない?普通は偽物で着地するのでは?


 北斗の拳は、先の展開が考えられていなかったが故に、矛盾の多い漫画だと認識している人が結構いる(実際はそうでもないが)。そういう人達にとって、北斗の拳は「勢いとノリで描かれていた漫画」であり、そういう偏見を持って読むことで、全てがそうであるかのように思えてくるのだ。このアミバの噂も「北斗の拳はムチャクチャであってほしい」という願望が生み出した根拠なきデマなのではないかと想像する。





●アミバをネタキャラたらしめたもの

 アミバは「ネタキャラ」として扱われはいるが、決して弱くはない。1年前のシン戦を除けば、あの時点で最もケンシロウを追いつめたキャラはアミバだ。レイの到着があと1分遅ければ、あのままケンシロウは木人形にされていたかもしれない。それほどの実績を残したにも関わらず、何故彼がここまでネタキャラとしてイジられるのか。


それは、鷹爪三角脚を出したからだ。




 正直、あの技は酷い。というか「三角飛びからの蹴り」以外の何物でもない。超人的な奥義の応酬である北斗のバトルにおいて、突如登場したこのゆるふわ系おもしろ奥義が、アミバの評価を一変させたのである。




 そもそも壁を蹴る意味が分からない。反動をつける事で威力を増したかったのかもしれないが、それよりも飛び蹴りで大事なのは、確実に相手に当てる事だ。

 だが描写を見る限り、アミバの最初の立ち位置と、蹴った壁の位置では、明らかに後者の方がケンシロウへの距離が遠い。つまり一度壁をはさんだことで、相手は回避しやすくなっているのだ。





 三角飛びによってジャンプの軌道を読みにくくさせる目的もあったのかもしれない。だがそれは、狭い室内でなければ効果はない。あんな広い所で奇抜な動きをしたとて、ケンの視角から逃れられるはずがないのだ。実際ケンシロウは、アミバの姿を真正面でとらえていた。アミバの三角ジャンプが何の撹乱にもなっていないことの証明だ。


 なによりまずかったのは、この戦いの直前、鷹爪三角脚よりも遥かに質の高い同系統の技が登場していた事だ。そう、ハブの野猿牙殺拳である。



 超人的な跳躍力を武器に狭い室内を縦横無尽に飛び回ったハブは、最終的にケンシロウを背後から急襲していた。迎撃されたとは言え、見事な壁の使い方だったと言える。

 これと鷹爪三角脚を比べた場合、どちらにスピード感があるかと聞かれれば、間違いなく野猿牙殺拳の方だろう。「タッ」「バッ」と「シュッシュッシュッ」という擬音からして差は明白だ。とどのつまり、アミバはあの肝心な場面で、部下のよりも遥かにクオリティの低い技を繰り出してしまったのである。


 鷹爪三角脚を出す直前までは、アミバの評価は決して低いものではなかった。南斗聖拳と北斗神拳の両方を学んだハイブリッド拳士であり、トキと見紛うまでの鋭き拳を修得し、激振孔や戦癰といった新秘孔でケンシロウを苦戦させた男だ。十分な戦跡と言える。そんな男が、いきなり凡の極みのような技である鷹爪三角脚を繰り出してきたのだ。一体何が起こったのか、読者全員が理解できなかったことだろう。

 また、技を出す直前に「俺は天才だ!」を放っているのもポイントが高い。そのてんさいてきなずのうを使って導き出したベストの選択がアレなのだ。もはや頭がおかしくなったとしか思えない。


 たった一度の過ちが、その者のイメージを地に落とす。それはまさに情報社会である現代と同じ。不倫、失言、飲酒運転。それらと肩を並べる「不祥事」レベルの技。それが鷹爪三角脚なのである。




●アミバが奥義を授けられなかった理由



 アミバは様々な拳法を学んだが、誰からも奥義を授けられなかったという。その理由はなんなのか。いくつか候補を挙げて検討してみよう。


・実力が足りなかった

 これは無さそうだ。アミバはケンシロウも苦戦するほどの拳士なのだから、そこらの南斗の拳士より高い実力と才能を持ち合わせていたはず。ただトキには圧倒的な差をみせつけられていたので、以前の彼はそこまで強くなかったのかもしれない。それでも誰より早く拳法を修得できていたらしいので、やはり他者より抜きん出ていたことは間違いないだろう。


・心が汚れすぎていた

 アミバは後々大量虐殺を行うような悪人だ。その性根を師匠達に見抜かれ、こいつに奥義を授けるのは危険だと判断されたのかもしれない。しかしあの世界には悪辣な拳法家が溢れている。アミバだけが審査で落とされるのはおかしい。悪人だろうが気にしない流派も沢山ありそうだしね。


・態度が高慢すぎた

 アミバは歩く自尊心なので、拳法を教えられている時でも、己の才能を誇示しまくっていた可能性が高い。師匠に対して「あなたより天才ですけど?」みたいな舐め腐った態度で接していたことも十分考えられる。そんな奴に拳法を伝承してもらいたくはないし、奥義を授けて更に強くなられるのも癪だろう。だがアミバも馬鹿じゃ無いので、態度を表に出さないようにはしていたはず。でもそういうのって溢れ出ちゃうもんなんだよね。人を馬鹿にした目とか、結構すぐわかっちゃうからね。この説は割とありそうな気がする。


・浮気しすぎた

 レイによると、アミバは様々な拳法に手を出していたらしく「おまえの顔と一緒でひとつにおちつかん」と皮肉を言われていた。もしこの情報が界隈に広まっていたなら、教える側はアミバのことを良く思わないだろう。拳法を継いでくれると思って奥義を授けても、アミバにとっては自身が強くなるためのパーツに過ぎず、後世に伝承するつもりもないとなれば、そっぽを向かれて当然だ。


・目標が高すぎた

 アミバはレイと共に南斗聖拳を学んでいたという。ということは、南斗水鳥拳の伝承者を目指していたのだろう。彼ほどの実力者なら、六聖拳を目標に掲げてもおかしくはない。

 だが水鳥拳が駄目となった後、果たして彼は六聖拳ではない南斗諸派で妥協しようとするだろうか?ありえない。自らを天才と信じて疑わない男が、目標を下方修正することなど絶対に無い。つまりアミバが奥義の取得を目指した拳法というのは、全て南斗六聖拳だったのだ。無論、六聖拳にはそれぞれ立派な伝承者がいるので、アミバのつけ入る余地はない。故に奥義が授けられるはずがなかったというわけだ。個人的にはこの説が一番濃厚ではないかと思っている。




●アミバが本当に望んだもの

 ケンシロウに屠られ、異世界に転生したアミバの冒険譚「天才アミバの異世界覇王伝説」。そこに登場するアミバは、性根の悪さは相変わらずだが、原作のような悪人では無かった。むしろ人々を惹きつける、善人寄りのキャラクターとなっていた。もちろん主人公補正によるところが大きいだろうが、この解釈は案外間違ってはいないと思う。原作の悪辣非道な姿は、本来のアミバの姿ではないのだ。


 己を「天才」と評する痛々しさからも解る通り、アミバはとにかく自己評価が高い。自信、自尊心、自己肯定感、全てが限界突破した男なのだ。故にその才を認めず、プライドを傷つけてきた者に対しては、異常なまでの憎しみが向けられる。その面倒臭い性格が災いし、アミバは「偽トキ」として悪辣の限りを尽くす哀しき人生を歩むことになった。




 だがそれは、アミバが望んだ道ではないはず。彼の本懐は、己の才能を他者に認めさせること。アミバという男がいかに天才であるかを人々に知らしめ、賞賛を浴びる。それこそが彼の望みなのだ。そのためならば彼はどんな手段をも厭わないだろう。それが悪の道ならば悪に、善の道ならば善に向かうはず。いや、羨望の眼差しを浴びたいのだから、善に進む割合の方が高いまである。実際彼は失敗したものの、老人の足を治そうとはしていた。それは「褒められたかったから」に他ならない。分岐次第では、真っ当に秘孔を勉強し、人々を救う男になっていた可能性も十分にあるのだ。動機こそ不純ではあるが。




 だがあの日、彼はトキと出会ってしまった。最悪だったのは、アミバが秘孔をミスった瞬間であったこと。トキが急いで駆け寄ったことで、押しのけた手がアミバの顔に当たり、結果的にそれが彼の人生を大きく狂わせた。更にはトキとの圧倒的な実力差を見せつけられたことで、彼の自尊心は崩壊。失った誇りと自信を取り戻すため、彼は喝采を浴びる道を一旦閉ざし、非道な復讐者として生きる道を選んだ。もしあそこでトキと出会わなければ……いやせめて出会うタイミングが少しずれていれば、こうはならなかっただろう。ちょっとした運命の悪戯が、アミバを怨讐の道へと踏み外させたのだ。


 しかしそうは言っても、偽トキとなったアミバの所業はあまりに非道なものだった。秘孔実験のため、多くの人々を殺害した男を「根っからの悪人では無い」と擁護するのは無理がある。


 だがこれには理由はある。それは、秘孔があまりにも魅力的すぎたことだ。人体を突けば何かが起こる。吉と出るか凶と出るか、それは誰にもわからない。人命を奪う事に目を伏せれば、こんなにも面白い研究はないだろう。更に成功すれば知見も広がるし、自身の強さにも繋がる。メリット尽くしなのだ。ハッキリ言ってアミバは、この秘孔実験が楽しくて仕方がなかったに違いない。人生で一番充実していた時間といっても過言では無いだろう。

 木人形を使わずとも、秘孔の研究が出来ないことはない。だが現実の医学がそうであるように、臨床試験無くしてまともな成果は得られない。アミバが効率よく秘孔を研究するためには、多くの人間を犠牲にしなければならない。即ち、悪に堕ちる必要があったのだ。経絡秘孔に秘められた無限の可能性がアミバを虜にした。その研究を続けるため、アミバは迷うことなく人の心を捨て去ったのである。


 うわらばと死んで冥府に落ちたアミバは、生前の己の姿を振り返り、何を思うだろう。あれは本当に俺の望んだ姿だったのか。他者から褒められたかっただけなのに、どうしてこうなってしまったのか。悲嘆と後悔にまみれながら、犯した全ての罪に懺悔したのではなかろうか。次の生こそは道を踏み外すことなく、賞賛を浴びられる人生にしてもらいたい。異世界で遊んでいる場合じゃねえんだよ反省しろ。




●アミバが強くなった理由

 アミバはかなり強い。ケンシロウが技のキレを見てトキだと確信したくらいなのだから、少なくとも修業時代のトキに近い実力はあったということだろう。拳王軍の中でもベスト3に入る実力者だと思われる。




 だがトキと初めて会った時、アミバはその拳の鋭さの前に動くことすらできなかった。まだこの頃は、トキの影すら踏めぬほどの雑魚だったということだろう。南斗聖拳を学んだものの、奥義を授けられていない時点で拳士しては未完成。北斗神拳の知識も、足を治す秘孔すら知らない初心者。おそらく中途半端な才能に胡坐をかき、ロクに修行もしていなかったのだろう。


 しかし、トキとの出会いがアミバを変えた。己に恥をかかせたトキへの復讐心が、彼の本気に火をつけたのである。その後、彼はトキに成りすますわけだが、それはただトキの名を貶めるためだけではなかった。「トキの偽者」として生きていくためには、それに見合うだけの力が求められる。見た目だけではなく、強さをも本人と互角以上の拳士なるため、彼は自身を追い込み、拳の道に邁進したのだ。あの日見たトキの鋭い拳を脳内でイメージし、そのキレに近づけるよう研鑽を重ねる日々。そして昼夜を問わず、数限りない人体実験を繰り返し、秘孔をその手に握ることで、ついにはケンシロウすらトキと見紛うほどの実力を手に入れたのである。


 ……とは言ってみたものの、トキが十数年の修行の末に手に入れた力を、アミバ如きが短期間で修得できるわけがない。ならばどうやってアミバは本物に劣らぬほどの技のキレを身に付けられたのか。


 その答えは、おそらく秘孔であろう。彼は人体実験によって新たな秘孔を究明していたが、その多くは身体能力をアップさせるものであった。ギュウキは筋力、ハブは跳躍力、ボクサーにはパンチスピードが倍になる秘孔を試していた。モウリに突いた激振孔も、本来は心臓の鼓動を早めてアドレナリンを分泌させるための秘孔なのかもしれない。アミバがここまで身体能力上昇の秘孔にこだわっていた理由。それは自らを強化するためだったのではないだろうか。




 数々の臨床試験の末、アミバはハブやギュウキといった成功例を生み出した。こうして安全と効果を確認した後、アミバはその秘孔を己に突くことで、様々な身体能力を飛躍的に上昇させたのだ。これが、アミバが短期間でトキに比肩する強さを手に入れた方法ではないだろうか。上昇率がギュウキ達より高かったのは、元々強かったからだろう。仮に2倍になるとしても、10なら20にしかならないが、50なら100になるということだ。


 こういった類の秘孔は、実はあまり登場していない。北斗神拳で身体能力を上げる秘孔といえば、死を伴う刹活孔、あとは毒素に強くなる安騫孔くらいのもの。シンプルに身体能力を上げる秘孔が確認できないのである。

 何故北斗の拳士達は、アミバと同じような方法で身体能力をアップさせないのか。それは必要が無いからだ。経絡秘孔術というのは、突いた指先から「気」を送り込み、経絡の流れを操作することで、人体に様々な効果をもたらす技術だ。それは言い換えれば、気を操作する事さえできれば、秘孔を突かずとも同じ効果が得られるという事。ケンシロウ達のような「本物」の北斗神拳の使い手たちは、アミバが秘孔を突かねば得られないパワーを、体内の気の操作だけで常時発揮しているのだ。

 秘孔破りのシーンを見てほしい。この時は、アミバが「突いた」秘孔戦癰を、ケンシロウが「体内の気の力だけで」無力化している。気の操作において、両者が別のステージにいることの証だ。




 極めつけが、アミバ流北斗神拳だ。アミバは自らに秘孔を突いてエゲつないほどパンプアップした。注目して欲しいのは、これを「アミバ流北斗神拳」と呼んだことだ。何故ムキムキになることが北斗神拳なのか。それは、これの秘孔が転龍呼吸法を模しているからだ。

 北斗神拳の強さを構成する二つの要素。それが「秘孔術」と「潜在能力の解放(転龍呼吸法)」だ。秘孔術はある程度修得できたアミバだったが、もう一つの方は新秘孔による筋肉増強という裏技に頼らざるを得なかった。それは即ち、アミバには転龍呼吸法を身に付けられなかったということ。小手先で技術を真似ることは出来ても、年月をかけて修得する強さの根源は真似できなかったのである。


 どんな拳法でも誰より早く修得することができる。それがアミバの自慢であった。しかし何事も早ければいいというものではない。華やかな技にばかり気を取られ、地道な基礎鍛錬を怠ったのではないか?それが原因で身体強化が不足したんじゃないのか?天才が天才たる所以の99%の努力なんだぜ。