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張太炎
ちょうたいえん



登場:第48話〜
肩書:北斗曹家拳伝承者 紅華会二番頭
流派:北斗曹家拳(オリジナル)
CV:大塚芳忠(アニメ)
   新垣樽助(ぱちんこ)

 紅華会の二番頭。章烈山の母違いの弟。とんでもない女好きで、四六時中女を抱いていないと気がすまない程の絶倫。結婚式に乱入して梨花を無理やり強奪した事などから、「花嫁泥棒」の渾名も持つ。ただしこれは、鬼畜の仮面を被っての行動であり、彼の本当の性格とは異なる。
 師父である章大厳より学んだ北斗曹家拳に独自の変化を加えた拳法を修得している。後に章大厳を倒し、正式に北斗曹家拳の伝承者の印可を受けた。その他、読唇術を得意としている。


 北斗曹家拳伝承者・章大厳の子として生まれるが、その六年後、実はの前夫の子であった事が発覚。激怒した大厳に殺されそうになるも 母の命を捨てての願い、そして躊躇なくその後を追おうとした心の強さを認められ、次期北斗曹家拳伝承者として育てられる事となった。だが、曹家拳を学びながらも、母を殺した大厳への復讐を忘れることなく、その憎しみの力で独自に技を磨き続けた。

 数年後、兄・章烈山が御大を務める紅華会の二番頭の座に就任。父への復讐を忘れぬため、鬼畜の仮面を被り、結婚式に乱入して花嫁の梨花を我が物とするなど、悪行の限りを尽くした。
 青幇壊滅後、杭州の西湖にて女を抱き続けていたが、陳永祥らの要請を受けて上海へと帰還。ギーズの妹・ソフィーを爆殺するという挑発を皮切りに、馬賊達を上海で暴れさせたり、青幇の阿片倉庫にペストノミをばらまこうとするなどして、紅華会復活のために暗躍した。だがアジトの船拳志郎に発見され、燃えゆくその船内で雌雄を決する事に。爆龍陽炎突幻夢百奇脚といった独自の技で攻め立てるも、憎しみで鍛えられた拳では北斗神拳を越える事は出来ず、敗北。死を覚悟するが、父・大厳がいつか己に倒される事を望んでいたのだという事を知り、拳志郎やギーズの許しを得て、今しばらくの命を与えれる事となった。その際、ソフィーを殺した罪を忘れぬためとして、ギーズによって顔に大きな十字傷をつけられた。

 その後、烈山を殺そうとする拳志郎の前に現れ、その拳を制止。己が章大厳との死闘の果てに曹家拳伝承者になった事を明かし、その父の遺言により、烈山は中国の為に必要な人物であるが故に見逃してほしいと懇願。父の真意を伝える事で、烈山を改心させ、その望み通りに眼の光を奪った。

 後に、北斗に関わる者の一人として、天授の儀が行われている泰聖院へ。漁夫の利を狙うヤサカを監視する役目を担いながら、拳志郎と劉宗武の究極の戦いを見届けた。

 TVアニメ版では、章烈山が登場しなかったため、二人のやり取りは全てカット。原作で烈山に送ってもらった馬賊達は、ギーズが小民族の馬賊の長を呼んだのに便乗し、自らが呼び寄せたという設定になった。
 また、母が自決した際には、直前まで眠っていたため、大厳が母に刃を刺したと勘違いしていたという設定になった。





 拳志郎の最初の強敵である芒狂雲は、良くも悪くもスタンダードな敵であった。ならば次に出てくる北斗曹家拳の拳士は、少し変化をつけてくるはず。北斗の拳でレイがそうだったように、敵対することなく仲間になったりするのではないだろうか。当時はそんな予想をしていたものだが、蓋を開けてみればとんだチンポ野郎だった。チンポならチンポでもいいのだが、彼の見せるチンポは偽りのチンポなのだという。父・章大厳への殺意を隠すために狂気の皮を被っていたというのだ。つまりは皮かむりチンポなのだ。そんな包茎ぶらさげてよくもまあ花嫁泥棒を名乗れたものである。

 太炎は、北斗の拳にはなかった要素が色々あって面白い。例えば、主人公と敵対しながらも真に倒すべき敵が別にいる所。太炎が拳を磨いたのも、全て父・章大厳を倒すためだった。彼にとっては拳志郎との闘いも、父と戦る前の前哨戦に過ぎなかったのだろう。それにしては強さの順序がおかしい気もするが・・・。だが拳志郎と闘っている最中にも、太炎はその迫力に大厳の幻影を見ていた。どんなに父親を憎んでいようとも、父の背中は超えられないという格言は太炎とて例外ではなかったということだろう。まあ超えたけどね。

 その父を倒すために、拳法に独自の変化を加えたという設定も新しかった。剛から柔へと大胆なアレンジを加えたその拳は、相手の虚を突く奇襲の拳だと言う。真っ当な拳士なら、正面からぶつかって倒してこそ勝利だと口にするかもしれないが、太炎の場合は単なる復讐劇であるが故に手段などなんでも良かったのだろう。だが私は、太炎が曹家拳を拒絶した理由は他にあると考える。彼は、己を次期伝承者にしようとする父の思いを踏みにじりたかったのではないだろうか。大厳は、実の息子である烈山よりも、血の繋がりの無い太炎に曹家拳を授けた。大厳にとっては、血の繋がりよりも、曹家拳を強大にする事の方が大事だったのだ。それほどまでに父が生涯を賭けた北斗曹家拳を、己が伝承する・・・と見せかけて、全然違う拳へと魔改造する。そうすることで太炎は、父の悲願を粉々に打ち砕きたかったのではないかと思われる。最終的にはその憎しみは消え去ったが、一度染み付いた拳はなかなか消えなかったのだろう。最終章にてヤサカに繰り出した太炎の拳は、相変わらずの"太炎流"北斗曹家拳のままであった。残念ながら、昔ながらの北斗曹家拳はもう潰えたと考えていいだろう。しゃーない。

 そして彼が最も"北斗の拳と違う"のは、最後まで生き続けたことだろう。北斗の拳でケンシロウと戦った強敵は、その場で死ぬか、もうちょいしてから死ぬか、ほぼその二択であった。だが太炎は、父と戦いたいという理由で見逃され、その後もちょくちょく登場し、結局最後まで生き延びた。「出番終了=死」という北斗の拳から続く流れを、遂に太炎が断ち切ったのである。
 ケンシロウは哀しみを背負って強くなる男だったので、北斗の拳には強敵の死という要素は必要不可欠であった。しかし拳志郎はそういったタイプではないので、無理やりキャラクターを殺す必要は無かった。その主人公のキャラ設定に助けられた部分が大きいだろう。また、主人公との適度の距離感も良かった。生き延びた後、下手に拳志郎と仲間になるわけでなく「ちょくちょく」再登場するという控えめな出演が功を奏したのだ。上海で行動を共になどすれば、北斗神拳がもつ死神力にあてられて死んでいた筈。ギーズや飛燕の死に方なんかは、まさにそんな感じだったわけだし。
 最終回まで生きたという意味では、宗武やヤサカもそうだ。だが彼らが拳志郎に敗北したのは最終回間近。物語中盤前に敗北したのにちゃっかりと出続けた太炎はしたたかさが違う。死臭漂う北斗・蒼天の世界で唯一その運命を覆したのは、やはりこの張太炎ただ一人なのである。


 だがそれは、腑に落ちない部分でもある。何故彼は生きているのだろう。彼の狂気は偽りであっても、起こした数々の凶行は現実である。特にソフィー殺しの一件は外道中の外道だ。にもかかわらず、彼が受けた罰といえば顔に刻まれたバッテン傷くらいのものであった。どう考えても刑が軽すぎる。被害者家族であるギーズ氏の意見としては、太炎が大厳と死合うまでしばし待ってほしいとの事だったが、それが決着した後も彼は生き続けた。確かに彼が死ねば北斗曹家拳は潰えることになる。だが同じ条件で死んできた拳士など今までいくらでもいた。彼だけが死の運命から逃れられる理由にはなり得ない。
 いや、生き延びたのは別にいい。死ぬことだけが罪を償うことではないし。だが彼の場合は、その償いの姿勢も余り感じない。最低でもギーズの墓には参って欲しかった。描写が無い所で訪れているかもしれないが、それをさせないのなら彼を生き永らえさせた意味は果たしてあるのかと言いたい。
 ヤサカへの態度も問題だ。天授の儀の場にてヤサカの前に現われた太炎は、まるでヤサカを小物と見下げるかのような態度だった。だがお前がヤサカを下に見れる立場かと私は言いたい。記憶が戻ってようやく兄と再会できたソフィーを爆殺した太炎と、女は殺さないと宣言しているヤサカ。どちらが誇れる人間であろうか。ヤサカの罪といえば飛燕を殺したことだが、(最初は不意打ちだったとはいえ)最終的にはちゃんと勝負をした上での結果だった。エリカの事など全く知らなかったのだから仕方ないではないか。

 せっかく北斗の拳の「死」という伝統を打ち破ってまで生き延びたのなら、生き延びた者だからこそできる生き方をしてもらいたかった。だがの役目を果たした時、今度こそ彼は死んでしまうのかもしれない。「やりきらない」事・・・その歯痒い生き方こそが、この漫画で生き延びる唯一の道なのかもしれない。