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ヤサカ



登場:第163話〜
肩書:西斗月拳伝承者 シュケンの血を引く者
流派:西斗月拳
CV:若本規夫(ぱちんこ)
   佐藤せつじ(REGENESIS)


 西斗月拳の使い手。「ヤサカ」は、古代ヘブル語で「神を見る」を意。古代月氏族の血を引くものであり、彼等と同じ緑色の目を持つ。かつて西斗月拳の高弟達北斗神拳創始者シュケンに皆殺しにされた事から、北斗に凄まじい憎しみを抱いている。故に、北斗に携わる者達を全て抹殺し、葬られた西斗月拳の名を再び地上に知らしめるという野望を抱いている。

 かつて列車強盗を行い、奪った国民党の資金を百姓達に配分。その後、人質を取られて国民党に捕まったが、杜天風によって買い取られ、娑婆へ。用心棒として、拳志郎劉宗武といった北斗の者達を抹殺するよう命じられた。

 杜を追って競馬場に訪れた劉宗武を、不意打ちで強襲。更には街中で遭遇した流飛燕を捕らえ、廃屋に監禁。その後、極十字聖拳と拳を交える事で、同系である北斗神拳をも見切ろうとした。その後、救援に駆けつけた拳志郎との対決に臨むが、国民党軍の攻撃を受け、その場は退散。一旦杜天風の船に身を隠すが、青幇の魚雷攻撃によって船を沈められたために逃亡。その際に杜天風が死んだことから、以降はただ北斗抹殺を狙うだけの復讐の狼と化した。

 その後、女人像の声に導かれ、天授の儀が行われる寧波へ。まずは劉宗武にその狙いを定めるが、覚醒した宗武の力を目撃し、北斗神拳敗北の可能性を予感。天授の儀を見届け、生き残った方を倒すことで北斗抹殺を果たそうとした。しかし、張太炎や劉宗武によって阻まれ、拳志郎を襲撃できぬままその場を後にした。
 天授の儀終了後、女人像の間にて拳志郎と対面し、神(ヤー)である勾玉に触れることで真実の歴史を目撃。月氏の神(ヤーマ)は北斗の死を望んではいなかったことを知り、自らの役目はその勾玉をヤーマの墓に戻す事であることを悟った。だがその前に、上海へと渡り、飛燕殺しの罪をエリカに謝罪し、自らの生死を彼女に委ねた。


 『蒼天の拳リジェネシス(漫画)』では、 飛燕をその手にかけた贖罪のため、命を懸けてエリカを守り続けることを決意。オランダ軍に浚われたエリカを助けるため、拳志郎と共に出撃し、その背後にいる組織「ジェネシス」の本拠地があるインドネシアへ。その身を毒に侵されながらも、エリカを守るためだけに戦い続けている(現在も連載中)


 『蒼天の拳REGENESIS(アニメ)』では、北斗抹殺を果たすため、青幇壊滅を狙う中国政府軍に助っ人として雇われるという設定に変更。原作では流飛燕の所業であったギーズ殺害という役目を担った(後にとどめを刺したのはシメオンであったことが判明)。
 寧波で真実を知り、上海へと帰還した後、飛燕の意思を告いでエリカを守るために生きる事を決意。その後、拳志郎たちと共にインドネシアに移住し、襲いくる「ジェネシス」からエリカを守るために戦うが、シメオンに敗れ、アジトに監禁。シメオンとの再戦でも再び敗北するも、エリカを守ると言う執念により、右手に傷を負わせる抵抗を見せた。最後は崩壊する遺跡の中でエリカを瓦礫から守り、拳志郎と緋鶴に後の事を任せ、凄絶な最期を遂げた。



[解説]
 北斗の拳にて、カイオウが奥の手として繰り出したのが、北斗神拳の源流である「北斗宗家の拳」であった。既にケンシロウが受け技をマスターしていたため、大した見せ場もなく破られたわけだが、(実質的)ラスボスの秘中の秘という扱いだけで、その拳の威は十分に伝わったと言える。

 そして蒼天の拳にて、今作の最大の敵と思われていた北斗三家拳の後に、満を持して登場してきたのが、これまた北斗神拳の源流の片割れである「西斗月拳」であった。しかも今回はカイオウのような併用でなく、その拳法専属の使い手が登場。更には三家拳の中でも圧倒的な強さを誇っていた劉宗武に対し、不意打ちとはいえ大怪我を負わせるという鮮烈なデビュー。おまけにファーストビジュアルも滅茶苦茶強そうと言う、これ以上ないほどに期待を煽りながら登場してきた男。それがヤサカであった。誰しもが、今作のラスボスはこいつだと確信したに違いない。

 しかしその期待は直ぐに疑念に変わる。大事な初登場の場面。固唾を呑んでその動向を注視していた我々の前で彼が始めたのは、ニセ閻王相手のクイズミリオネアごっこであった。ここでまず最初の疑問符が点る。
 その直後には、あの流飛燕を易々と捕えるという活躍を見せるが、その方法が子供を囮にするという卑怯千万なやり方であったため、むしろ株は落ちることとなった。疑念は深まる。

 飛燕との直接対決は相手がボロボロだったこともあって評価しにくかったが、その後の拳志郎戦にてやっと本領発揮。飛燕との連戦、そして胸や左足に深手を負っているのも関わらず、拳志郎相手に不遜な態度を崩さなかったところは可也の大物感が出ていた。更にはあの北斗百裂拳を全て防ぎきったシーンは素晴らしいの一言。百裂拳といえば北斗神拳の中でもオーソドックスな技だと思われがちだが、実は原作・アニメ通してあの技で死ななかったものはいない程の必殺奥義なのだ。その文字通りの"必殺技"を、初めてヤサカが破ったのである。

 これで一気にラスボスとしての道を歩み始めるかと思いきや、今度は自らが身を隠していた杜天風の船が魚雷によって沈没。海に投げ出されたヤサカは、近くを通りかかった小船の陰に隠れるようにしてその場から逃げることしか出来なかった。おまけに宿敵である拳志郎から「溺れる犬に石なげたら可哀想やん?」と哀れみまで受ける始末。そしてこの出来事を境に、宗武がやけに意味深な態度を見せ始めた事で、我々はようやく理解することとなった。だれがラスボスで、誰がかませ犬なのかを。

 そしてヤサカの滑落は、寧波に訪れてから更に加速する。一度は勝利した(?)宗武に対し、もうお前の拳は見切ってっからと余裕綽々で近づくも、自慢の秘奥義を邪拳呼ばわりされて返り討ちに。相手が滅茶苦茶強くなっていることに今更ながら気付いたヤサカは、突然構えを解いたかと思うと「お前と拳志郎の勝ったほうと戦うわ」とまさかの自分シード宣言。まあ勝利に拘る彼らしい選択ではあるのだが、ドヤ顔で言うことではないだろうと。お前はもうやる気ないかもしれんが、宗武がこの場を見逃すのは慈悲だって事わかってんのかと。あとどうでもいいけど、この時に右足を負傷し、以前の飛燕戦で左足も負傷しているわけだが、そのへん大丈夫なんかと。もう足ボロボロちゃうんかと。

 天授の儀が始まってからは、張太炎と共に解説役に。既に敗退した立場である太炎と同等な扱いを受けるヤサカ氏。観戦においても、拳と宗武の動きが早すぎて、途中から姿を見失うという醜態を晒す羽目に。天授の儀終了後には、もはや誰も期待していないのに「やっと俺の出番だな」と腰を上げるも、空気読めとばかりに宗武と太炎に邪魔されてトンズラ。少し前には闘えばいいと言ってくれていた太炎の突然の掌返しもアツい。

 そして念願の拳志郎との闘いが始まったその時、別の部屋で酒を呑んでいた宗武の一言が、止めを刺した。


 「瞬殺」・・・・それはヒューイクラスの伝説的弱者のみが許された特権。仮にも一度はラスボスかと目された男に使われる筈の無いそのワードは、僅かに残っていたヤサカというキャラクターの尊厳を全て崩壊させた。
 もはや勝機は無いと理解しながらも、最後の最後まで虚勢を張り続けたその態度だけは立派だった。そして同時に哀れでもあった。復讐の炎に身を焼かれ、場をかき回すだけ回して燻り消えていった1800年前の遺物。それが、最終的なヤサカの印象であった。一体どうしてこんなことになってしまったのか。


 正直言って、1800年前の復讐を現代で果たすというのはお門違いだったかもしれない。だが北斗側が過去の惨劇を隠して英雄を気取り、滅ぼされた西斗は現伝承者ですら知らぬ存在と成り果てた現状は、あまりに不条理。西斗が北斗を憎み続けるのは当然の権利だし、ヤサカの行為も多分に理解できる。それなのにこの扱いというのは、あまりに酷すぎやしないか。

 ここまでヤサカの転落人生を語ってきた自分が言うのもなんだが、彼は実はそこまで残念なキャラクターでもない。確かにラスボス候補としては哀しいまでに小粒であったが、それはただ読者側が勝手にそう受け止めただけの話。別に彼自身がラスボスを望んだわけではない。新人ロックバンドが指示通りにステージに上がったらサザンの後の大トリだったようなものだ。むしろ被害者なのだ。

 過度にハードルを上げることなくヤサカという人物を見てみると、割とマトモな人物であることがわかる。少なくとも張太炎よりは遥かにマシだ。ヤサカに屑星呼ばわりされた太炎は「だが死肉をあさる痩せ狐よりはましだろう」と言い返していたが、とんでもねえ。あんたよりよっぽど出来た人間だよ。
 そもそもヤサカが杜天風と組むことになったのは、牢獄に囚えられていたヤサカを杜が金を払って解放したからである。そのヤサカの捕まった罪というのが、国民党の金を奪って民衆に配ったからだとか。つまりは義賊だったわけだ。いいじゃないすか。ダークヒーローじゃないすか。上海の利権貪ったり結婚式乱入して花嫁強奪したりしてた誰かよりよっぽどマシだよ。
 しかも彼が捕まったのは、人質を取られたのが理由だという。己の命を捨ててでも、北斗を抹殺するという使命が果たせなくとも、決して見殺しにすることはできない程の大切な人がいたということだ。立派じゃないですか。漢じゃないですか。つかその人って誰?カノジョ?
 更に彼ら月氏の民は、決して女を殺すことはないのだという。しかもヤサカの場合は、それ以外にも極力無駄な殺しはしていない。彼が飛燕以外に殺した人物は、偽閻王と猫料理の彪の二人だが、いずれもしょーもない奴等だったし、先に喧嘩を売ってきたのは相手だった。殺されても仕方の無い奴等だ。それに対し、太炎はどうだ。何の関係も無いソフィーを爆殺し、女を次々とヤリ殺しては黄浦江に浮かべ、他にも除詠進や警官隊など罪の無い者達を殺しまくってきた。飛燕もよくわからない理由でギーズを殺したり、血を浴びたいからという理由で町の道場を血の惨劇に変えるなど、無駄な殺しを多く行っている。彼らに比べれば、ヤサカは実に紳士だ。北斗神拳への怨讐さえなければ、蒼天の拳の中でも相当マトモな部類に入るといっても過言ではないだろう。

 ヤサカが行った一番の罪といえば、やはり飛燕を殺したことだろう。しかし捕えた時は卑怯だったかもしれないが、その後の立ち合いは真っ当な勝負だった。ヤサカの目的は北斗の拳筋を見極めることだったので、飛燕の衰弱もそこまででは無かったはずだ。つまり飛燕の死は、拳法家同士が勝負した結果であり、殺人ではないのだ。それはかつて拳志郎自身が言い訳として使っていた言葉でもある。
 ただ、飛燕の死においてむしろ大事なのは、残されたエリカの気持ちの方であろう。しかし飛燕にそんな複雑な事情がある事など、ヤサカは全く知らなかったのだから仕方ないではないか。女を殺さないというフェミニストなヤサカであれば、事情さえ知っていれば飛燕を殺すことは無かったかもしれない。でもそんなこと今更言ったって始まらないよね。だって知らなかったんだから。しょうがないじゃん。ねえ。


 あの北斗神拳創始者シュケンまで登場し、全6話を要してまで詳細に語られた北斗と西斗の因縁。そんな強烈な前フリで期待を煽るだけ煽って登場させられたにもかかわらず、出れば出るほど小物感が増し、最後は「瞬殺される」と評されてしまったヤサカ氏。その耳キーンなりそうなほどの落差が、ヤサカという人物の評価を不当に下げてしまったことは否めない。全てはタイミング・・・彼の出番がせめて宗武より前なら、こんな事にはならなかった。天授の儀終了後にのこのこ出てきて、蛇足扱いにされることもなかったのだ。
 しかし哀しきかな、そのタイミングの悪さも全ては宿命であった。北斗の神がヤサカを泰聖院に呼んだのは、彼を北斗への憎しみから解き放つため・・・。しかしそのためには、拳志郎が天授の儀に勝利し、過去の事件の真相を知る必要がある。つまりヤサカの出番は、どう足掻いても天授の儀の後でしかありえなかったのだ。ヤサカ株がストップ安になることは、神が定めし運命だったのである。ならばヤサカに後悔は無かっただろう。何故なら、彼の名はヘブル語で「神を見る」の意。彼の行動理念は、全て神の意思によるものなのだから。