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泰山天狼拳
たいざんてんろうけん



流派: 泰山流
使用: ・リュウガ (対 アビダ、トキ、ケンシロウ等)
 …北斗の拳(105〜109話)アニメ版(73〜77話)
・リュウガ(対 ラオウ、イゴール、ジャダム等)
 …ラオウ外伝
・リュウガ(対 トキ)
 …トキ外伝
・リュウガ(対 ヒューイ、シュレン、ジュウザ)
 …ジュウザ外伝
登場: 北斗の拳/アニメ版/ラオウ外伝/トキ外伝/
ジュウザ外伝/北斗無双等



 天狼星リュウガが使う拳法。狼の牙の如き高速の拳で、相手の体の一部を削り取る。流血の間もない程に速く鋭いその拳は、相手に凍気さえ感じさせるという。

 アビダの首を掻っ切ったり、余命少ないトキに致命傷を負わせるため等に使用された。しかしケンシロウに対しては殆ど通用せずに敗れ去った。








「北斗・南斗・元斗の強さがS級〜A級だとして、それに次ぐB+くらい?」

「泰山流はビミョーなのが多いけどその中では群を抜いて強いよね!」


てな感じで認識されているであろう拳法。それが泰山天狼拳である。


  だがそのイメージは、リュウガという「使い手」の印象が加味された上での評価のように思う。拳王軍において最強クラスの拳士であり、ユリアの実兄という重要キャラであり、トキと最期を演出した男であり、おまけにド級のイケメンという数多のポジティブ要素がリュウガの価値を高め、同時に泰山天狼拳の価値を高めているのだ。こんな男が使う拳法が弱い筈が無いという先入観ありきの評価なのである。


では実際の所、泰山天狼拳は強いのか弱いのか。
リュウガの戦歴から考えてみよう。


・アビダの喉を一瞬で抉る
・村人達を大虐殺
・死にかけのトキを圧倒
・ケンシロウに完敗



うーん。これは酷い。

 一番マシなのがアビダを一撃で葬ったシーンだが、あの時のアビダは結構酒が入っていたし、そもそも変なトンファーを武器にしている奴が強いわけない。

 村人大虐殺は論外だし、トキに対しては相手が瀕死であるにもかかわらず弓で様子見するという汚さ。この2点に関してはむしろ評価を落としている。



 大一番であるケンシロウとの闘いでも、肩口にちょっと指を突っ込んだ程度の傷しか与えられないという大惨敗。ハート、カーネル、アミバらのほうが遥かに善戦している。既に割腹していたという言い訳ポイントはあるが、ケンの実力を確かめる事が目的なのだから、そこまで衰弱はしていなかっただろう。していたならそれはそれでアホなので減点対象になるだけだ。



 原作以外の作品でも芳しくない。

 TVアニメ版では夜にケンシロウを急襲するというオリジナル展開があるのだが、執拗に攻め立てるも全ての攻撃をあしらわれてスタコラ逃げられるという始末。

 『ラオウ外伝 天の覇王』では、獅子王イゴールこそ瞬殺したものの、黒山陰形拳ガイヤには一撃で敗れ重傷。鉄帝ジャダムにも含み針で視界を奪われ、あやうく負けそうになっていた。ガイヤはともかくジャダムなどという三流に負けかけたのは印象が悪すぎる。


 『トキ外伝 銀の聖者』ではトキと闘うも速攻で秘孔 新胆中を突かれ敗北。『ジュウザ外伝 彷徨の雲』では、ヒューイ&シュレンを圧倒し、ジュウザとも互角に渡り合うという活躍を見せたが、相手があまり本気を出していない感じだったので、参考記録といったところだろう。


 以上の結果から判断するなら、残念ながらとても強者とは言い難い。ラオウ様が強すぎるので、その前座として負けさせられている印象も受けるが、それにしても活躍の場が少なすぎる。所詮は「泰山流」ということなのだろうか。




 ならば今度は、拳の特性から強さを考えてみよう。

 まず泰山天狼拳と言えば何と言っても「凍気」だ。しかし現状、寒いと感じさせる以上の効果は確認できていない。対峙する相手を凍えさせるレベルならともかく
、ガッツリと拳を食らわせた相手にしか影響せず、しかも寒いと「感じる」だけ…。正直言って、拳の強さにおいては殆ど意味が無いだろう。嫌がらせの域である。

 次に「速く鋭い拳」という特性だが、この触れ込みに関しては疑問しかない。天狼凍牙拳の解説でも述べているが、リュウガはその速く鋭い拳を、足でガードされているのである。手の攻撃を、足でだ。これのどこが速いというのか。

 その速さに付随して「流血しない」という特性も持っている。速いから流血しないというのもよく分からないが、とにかく血が流れにくいらしい。それは結構な事だが、よく考えるとこれは寧ろマイナスではないのか?どんどん失血してもらったほうが勝負としては良いと思うのだが…

 最後に一番説得力のありそうな「削る」という特性。他の拳にはないオリジナルの拳質であり、人体をサクサク削る様は、エグさも相まって実に強力な拳に見える。だが本当にそうだろうか。
 確かにアビダのように喉元をガスッと抉り取れれば一撃必殺の拳だろう。だが手練れ相手にそんな急所を簡単に削らせてもらえる筈がない。それでもガードした腕や足をガシガシ削れれば十分強力だが、ケンシロウの体には指先しか刺さらなかったわけで、実際のところどれ程の威力なのかは未知数のままだ。
 それに、例えその「削り」が綺麗に決まったとして、それが北斗神拳の「秘孔」や南斗聖拳の「切断」と並ぶ攻撃とは思えない。体の一部を削られようとも、気合の入った相手ならまだまだ反撃してくるはずだ。一撃が勝敗を分ける北斗の拳の世界において、この殺傷力の低さは致命的とも言える。


 と、ここまで色々な面から検証してみたが、どう足掻いても強いと思えるようなポイントを発掘することは出来なかった。B+という印象は、やはりキャラ補正によるものだと言わざるを得ない(私が言っているだけだが)。




 だが最後に一つだけ可能性を提唱したい。
 もしかすると、リュウガと泰山天狼拳は相性が悪いのではないだろうか。

 リュウガはユリアの実兄である。ということは、リュウガもユリアと同じ南斗正統血統であるということ。つまり彼は生まれた時から純血なる南斗の男なのだ。そんな男が、他流派である泰山流を修得したのである。ならばそこに、血統と拳法の大きな齟齬が生まれてもおかしくはない。つまり、南斗の男であるリュウガには、泰山天狼拳の本来の力を引き出せていない可能性があるということだ。

 加えて、南斗正統血統が慈母星となる資質を持つ血なのだとすれば、そもそもリュウガには拳法の才能が無いまである。だって慈母星には拳法がないんだし。
 あとリュウガは「天狼星」を自称しているが、南斗の血を引く男がシリウスというのも変だ。もしかしたらこれも全く根拠のないただの自称なのかもしれない。犬好きが高じてそう言っているだけなのかもしれない。しかも犬側からは実は全然好かれていないのかもしれない。ガブッといかれてるのかもしれない。

 纏めると、リュウガが弱い事は紛れもない事実だが、泰山天狼拳まで弱いとは断言できないということだ。何のフォローにもなっていない気がするが。






●なぜ「凍気」を感じるのか


 泰山天狼拳最大のアイデンティティである「凍気」。攻撃された相手に「寒い」「冷たい」と感じさせるこの能力は、拳の速さ、鋭さに起因するという。

 だがこれはおかしい。拳が速ければいいのなら、ハンやユダといった他の拳速自慢の拳でも凍気を感じる筈だ。そうでないということは、リュウガの拳には他にも凍気を感じさせる要因があるということだろう。

 安易に考えるならば、元斗皇拳の奥義、滅凍黄凄陣と同じ原理という説がある。こいつは周囲の砂地を凍結させる程のガチの冷凍技なわけだが、それは闘気の扱いに長けた元斗皇拳だから可能な奥義。闘気の扱いに関して未知数の泰山天狼拳に、同様の現象を起こせるとは考えにくいし、考察としては強引すぎる。

 というわけで、他の可能性をいくつか考えてみた。



 一つ目はハッカ油を用いる方法。

 
ハッカ油とはミントを乾燥させて抽出した植物油で、わずか1滴を肌に塗るだけでかなりの清涼感を得られる効果がある。中でも天然国産ハッカ油を使用した「アイヌの涙」という入浴剤は、風呂に5滴落とすだけで極寒体験が味わえるという。結構TVでも取り上げられているね。この現象は、ハッカ油に含まれるメントールが、肌の冷感センサーであるTRPM8に働きかけることで起こるらしい。

 実際に冷たくはないのに冷たいと感じる。これはまさに泰山天狼拳と同じ。つまりリュウガは、ハッカ油をベットリ塗りたくった手で敵に触れ、寒いと感じさせているのではないだろうか。

 ただこの場合、リュウガめっちゃダサい事になる。相手をスースーさせる為だけにこんなタネをせっせと仕込んでるってことだもん。なので、あまり推したい説ではない…。



 次に、血流を利用する方法。

 
病気で熱が出た時、体温を下げるための手段として「血管を冷やす」というものがある。太い血管が通っている頸動脈や脇の下、鼠径部等に冷たい物をあて、体温を下げるというものだ。「要所の血管を冷やして体全体を冷やす」。この療養法を利用し、リュウガは相手に「寒さ」を与えているのではないだろうか。

 これを成すためには、リュウガが敵の血管に触れる必要があるわけだが、その根拠となるものがある。それは、泰山天狼拳が持つ「流血させない」という特性だ。これに関しては「速く鋭い拳だから流血の間もない」と解説されているが、あれだけ肉を抉りとって血管剥き出しになっているのに「早いから」という理由で流血しないというのは聊か腑に落ちない。ということは、ただ削り取るだけではなく、何か別の形で血管にアプローチしている可能性が高いということだ。

 肉を抉った瞬間に止血を施し、かつ冷感を与えることで、血流を通じて全身を冷やす。これが出来れば、この説にも十分可能性はあるだろう。だがその「止血」と「冷感」を同時に成せる方法が解らない。それこそ削った箇所を凍らせれば全て解決するのだが、それが可能なら「それが凍気の正体じゃん」となってしまうので、この考察自体無意味になってしまうのよね…。



 最後に、神経をバグらせる方法。

 「アイスクリーム頭痛」をご存じだろうか。これは、カキ氷などの冷たいものを食べた時に頭痛が起こるという現象のこと。冷たいという刺激が強すぎると、脳への伝達過程で混乱が生じ、痛みを伝える神経までも刺激されてしまうのだという。つまり人間の体は、ちょっとしたことで「冷たい」と「痛い」を取り違えてしまうという事。ならばアイスクリーム頭痛の逆……。「痛い」を「冷たい」と誤認させることが、泰山天狼拳の凍気の正体なのではないか。

 単純に考えれば、「強烈な冷たさが痛みを生む」の逆なのだから「強烈な痛みが冷たさを生む」という事になる。だが痛みを冷たいと感じたという事例は聞いたことが無い。むしろ熱さの方が多いだろう。ならば、痛みに加えて別の要素をプラスアルファするより他に無い。

 その候補として考えられるのは「イマジネーション」である。相手に「冷たい」と連想させるものを用意し、同時に強い痛みを与えれば、神経のバグによって痛みを冷たさと誤認させられないだろうか。


 そのヒントとなるものが、これだ。





 リュウガが今まさに泰山天狼拳を繰り出そうとしているシーン。

 注目して欲しいのは、この手の形。おそらく天狼の牙をイメージしているのだろう。だが、これを見て狼を連想する者などいようか。星座の成り立ちくらい無理がある。そもそも狼を直接見た者すら殆どおるまい。


 では一体何に見えるというのか。それは……












ディッシャーである



 食品を盛り付けるために使用される器具、ディッシャー。だが最も目にする用途と言えば、やはりアイスクリームであろう。

 丸みを帯びたリュウガの手を見て、人はディッシャーを連想する。その迫りくるディッシャーが己を削り取った瞬間、体が理解する。これに掬われたということは、俺はアイスクリームなのかもしれないと。しかしアイスクリームにしては、俺の体は冷たくない。何故なのか。肉体がそう困惑しはじめた頃、削られたことによる強烈な痛みが体を襲う。ここで神経に混乱が発生。「冷たさ」を探していた神経は、訪れた「痛み」の刺激を冷たさによるものだと解釈。その誤った信号を脳が受けとることで、ありもしない冷たさを感じるのである。

 ディッシャーがアイスを掬い取る様子を、我々は幾度となく目にしてきた。コーンに盛られし半球を。口の中に広がる甘味を。溶け落ちていく哀しみを。その在りし日の記憶が、偽りのディッシャーからアイスクリームを連想させ、それが己自身なのだと錯覚した時、痛みが冷たさに挿げ替わる。人間のイマジネーションと、ノスタルジーと、神経のコンフュージョンを利用して凍気を生み出す拳。それが泰山天狼拳の正体なのかもしれない。


 願わくば、想像の中のアイスクリームは、清涼感たっぷりのミントが望ましい。










●余談



リュウガの宿星である天狼星ことシリウスは、ギリシャ語で「焼き焦がすもの」を意味するらしい。


凍気とは。