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第壱話
『呪縛の街』
第弐話
『禁じられた拳』
第参話
『男が哀しみを背負うとき』
登場人物 流派・奥義 STAFF・CAST 小説差込漫画



第参話 「男が哀しみを背負うとき」




聖戦

 クリフランドで手に入れた血清を手に、ラストランドへとジープを走らせるケンシロウ。だが街へ後少しと迫ったそのとき、ドーハ(ビスタ)の信者達と名乗る者達が現れた。彼らの案内を受け、トビ達がいるという場所へと導かれるケンシロウであったが、無残に死体が散乱する街の姿は、明らかな異常事態が起きた事をケンに知らせていた。

 血清でビスタの命を繋ぎとめたトビは、事情を話すと言い、ケンシロウをとある石窟へと連れ出した。ケンが街を出てすぐにセイジなる男が現れた事……捕らえられた自分とビスタが、なんとか城から抜け出した事……街の信者達が己達を守ってくれた事……。その果てに起きた"聖戦"は、ドーハへの狂信を利用したトビの策略であった。しかし、多くの民の命が失われるその戦いを、ケンは見過ごすわけには行かなかった。己がセイジを倒す事を約束し、トビに聖戦を止めるよう促すケン。だがそれを聞いた次の瞬間、トビは巨大な鉄格子を降ろし、ケンシロウを部屋へと閉じ込めた。ビスタへの狂信を利用し、オイラが新たなるこの街の支配者となる―――。"情報屋"から"神の代弁者"へと生まれ変わったトビにとって、いまやケンシロウは、己の野望の妨げとなる存在であった。トビを狂わせたもの……それはあのサンガと同じ、人を支配する事の愉悦。そして、己からサーラを奪ったセイジへの憎しみに他ならなかった。



狂気

 止むことのない民達の狂気は、もはや完全にセイジ軍の勢いを圧倒していた。殺しても殺しても、奴らは笑いながら死んで行く―――。そう言って、涙ながらにセイジに報告する隊長チェス。そんなチェスに対し、セイジは彼らの狂気を制するある方法を伝授した。秘孔 額中。それはチェスの頭を吹き飛ばす、致命の秘孔であった。俺が秘孔を解除しなければ、お前は明日死ぬ―――。狂気に勝るものは狂気でしかない。死を背負わされた今、チェスもまた"生きるための狂気"に突き動かされる兵士へと変貌させられたのであった。

 総攻撃を間近に控え、神の代弁者であるトビの言葉に沸きあがる狂信者達。だがセイジにとって、彼らの勢いを止める事は容易かった。彼らが信じているのは唯一、ドーハの存在のみ。ドーハを殺し、サーラを新たな神に据えれば、民は再び己のものとなる―――。そして、そのドーハ達を守る数千の民衆の壁を突破する方法も、セイジは既に用意していた。

 未だ目覚めぬビスタの前で、トビは静かにつぶやいた。この戦いが終われば全てがオイラ達のもの。誰にも利用される事も、裏切られる事もない―――。
 昨日、城から抜け出す際、トビはサーラと遭っていた。だがサーラは、共に逃げようというトビの誘いに乗ろうとはしなかった。そのとき、トビは確信した。もはやサーラは、その身も心もセイジのものと化してしまったのだと。サーラは変わった。ならば自分達も変わらなければならない。トビの中に眠っていた何かが、静かに動き始めた瞬間であった。




 突如吹き荒れた砂嵐が、信者達の視界を奪う。その砂塵の向こうから振り下ろされる刃に、民達はただ為すすべなく切り裂かれていった。トビ達が駆けつけたとき、既にそこは死体の原と化していた。全てはチェスとセイジ、たった二人による所業であった。顔をマントで隠し、砂嵐の中を進む―――。たったそれだけの事で、二人は何千という民の壁を容易に突破してみせたのである。積み上げられた仲間達の死体と、セイジの悪魔的な強さを目の当たりにした民達には、もはや狂信も意味を成さなかった。あっけなく野望を打ち砕かれたトビは、ジープで引きずられながら、ビスタのいる場所へと案内させられるのだった。

 ビスタに刃をふりあげるチェスに対し、半死状態のトビが言い放った。ビスタはまだ神として使える。己の命と引き換えに助けてやってほしい、と。その条件を飲み、公約を果たさんとトビに向け拳を構えるセイジ。だが死を目前にしても、トビの目におびえはなかった。それはかつて見た、子犬を守ろうとする母犬の目と同じであった。何故貴様等は……!!父に捨てられた己には理解できぬその感情に、セイジの苛立ちが爆発する。だが結局セイジは、トビを殺す事はしなかった。そんなセイジに一抹の情を感じるトビであったが―――次の瞬間、トビの背には、チェスの刃が深々と突き立てられていた。



哀しみ

 この争いを止められるのはケンシロウさんしかいない。そう信じ、ただひたすらその帰りを祈り続けるサーラ。そんな彼女の前に、謎の老婆・ユラが現れた。この城塞都市に彷徨う亡霊……自らをそう喩えたその老婆は、ケンシロウが既に帰って来ている事を告げ、その救出をサーラへと託した。ユラが用意したボートにのり、地下湖を渡ったサーラは、ケンシロウが捕われる石窟祭壇へ。出口を塞ぐ鋼製の鉄格子は、ケンシロウの力をもってしても破壊できぬ強固なものであったが、サーラはそれを破壊する術を知っていた。発気鳴震波。二人の"気"の共鳴が生んだ凄まじい振動波は、鋼製の鉄格子を粉々に打ち砕いたのだった。

 ケンシロウが駆けつけた時、既にトビの命の灯は消えかかっていた。オレが悪かったのか・・・?オレ達は幸せを望んじゃいけなかったのか・・・?そう言って虚空を弄るトビの手を、しっかりと握り締めるケン。だがその友の手は、やがてケンの掌の中で頼りなく力を失った。弟のため、そして愛する女のために命果てた男、トビ。その親友の死を背負ったケンシロウの目には、怒りとは異なる深い哀しみが刻まれていた。



ケン vs セイジ

 ドーハが城に戻ったのを機に、反乱軍の勢いは一気に終息していった。それに伴い、秘孔額中を解除してもらったチェスは歓喜に身を躍らせる。だが彼が部屋を出ようとした瞬間、扉の向こうにいた男が、再び彼の額に指を刺突した。その男―――ケンシロウが、サンガを倒した張本人である事を、セイジは見抜いていた。同時にその男の拳法が、己の北門の拳 と同質の拳であることも。それを証明するかのように、ケンシロウが突き直した秘孔額中により、チェスはその頭を醜く爆ぜたのであった。

 セイジを倒すことで北斗神拳伝承者としての宿命を果たし、この国の混乱を終わらせようとするケンシロウ。かたや開祖の拳の伝承者を倒し、己の時代の幕を開けんとするセイジ。互いに宿命を抱えた二人つ北斗は、屋上へと場所を移し、今最後の戦いの幕を上げようとしていた。

 己を突き動かしているものは野望―――。そう言ってケンシロウに休みない攻撃を仕掛けるセイジ。だがケンシロウは知っていた。骨にまで響くセイジの重い拳。それは決して野望などではなく、セイジが狂気の瞳の中に僅かに覗かせる、哀しみの力によるものであることを。

 序盤は互角の戦いを繰り広げていた二人であったが、次第に戦況はケンシロウのほうへと傾き始めていた。疲れを見せぬケンシロウに対し、セイジの顔には明らかな疲労の色が表れ始めていた。ケンは、防御に徹しながら少しずつ秘孔を突き返す事で、徐々にセイジから拳の鋭さを奪っていたのである。それは修験の拳である北門の拳には無い、実戦の中で磨かれた暗殺拳・北斗神拳ならではの戦い方であった。連弾を全身に浴び、吹っ飛ばされたセイジに、もはやケンの止めの一撃を躱すだけの力は残されていなかった。





 だがその時、戦いを止める悲痛な叫びが響いた。セイジを庇うために駆け寄ってきたのは、サーラであった。彼女は知っていた。セイジが本当は優しい、人間の心を持った男である事を。セイジは、サーラは辱めてなどいなかった。そして過去に己を野犬から助ってくれたセイジは、彼女にとって何よりも大切な人に他ならなかった。

 そしてもう一人、老婆ユラにとっても、セイジはかけがいの無い存在であった。彼女はセイジの叔母―――あのサンガの兄妹だったのである。サンガとセイジ。この親子の事を、彼女は誰よりも理解していた。かつてサンガがセイジを谷底に落としたのも、全ては息子を愛するが故……己を超える強き男に成長させるための試練であった事を。それを聴いた瞬間、セイジの目には、失われたはずの涙が流れていた。それは、セイジが人間の心を取り戻した瞬間であった。彼を愛する者たちの言葉によって……。しかし、セイジにはまだやるべき事が残されていた。憎しみという呪縛に捕われた、己自身との決着―――。秘孔、閉血愁。セイジが自らに突いたその秘孔は、緩やかに心臓の動きを停止させる、自決の秘孔であった。

「ケンシロウ……父は……サンガは強かったか……?」

「ああ……まだお前では敵うまい」

そのケンシロウの言葉に笑みを浮かべ、セイジはゆっくりとその瞳を閉じた。それは父との再会の時を楽しみにする少年の笑顔であった。



エピローグ

 ラストランドの宮殿には民の笑顔が溢れていた。今までサンガが独占してきた水を、サーラが民衆達に解放したのである。私は神でもなく、水も神のものではない。皆に平等に与えられるもの―――。だがまだそれは、切欠に過ぎなかった。サーラとビスタには、民を呪縛から解放するという大きな仕事が残されていた。できればケンと共に―――。しかし、ケンは再び荒野へと戻る道を選んだ。北斗は北斗を呼ぶ。自分が残ればいずれまた災いを招くかもしれない。だがそれよりも、危機を乗り越えたこの国に、もはや己が必要ないことをケンシロウは理解していたのだった。



小説版とOVA版の違い
小説版でのみ描かれたシーンや、OVA版で変更されたシーンなどを紹介。


●トビ、神の代弁者に

・OVAではトビが民衆を率いて総攻撃をかけ、城を奪い返そうとするが、小説では民衆達と共に車で街を離れ、新たな地でドーハの城を築こうとする。
・セイジとチェスは、OVAでは砂煙に紛れるようにしてトビに近付いたが、小説では城と街を繋ぐ秘密の地下道を通って接近。またその後、OVAではビスタが匿われている小屋へと赴くが、小説ではビスタもその場にいたため、小屋には行かない。
・チェスが秘孔額中によって狂気を背負うシーンは無し。民衆を剣で切りまくるシーンも無い。
・OVAでは発気鳴振波で鉄格子を破壊したが、小説ではケンの全力の拳で鉄扉を破壊する。
・ユラは登場せず。
・ケンが死に往くトビのもとへ訪れた時、小説では先にサーラが着いている。


●ケンシロウ vs セイジ

・OVAでは秘孔額中を解除されたチェスが、再びケンに額中を突かれて死亡するが、小説ではセイジに勝手に前に進む秘孔を突かれ、ヤケクソでケンに襲い掛かって爆死。
・防衛技でセイジから徐々に拳の鋭さを奪うというエピソードは小説には無い。






・トビ、ケンシロウを石窟祭壇に閉じ込める。
どんなに頑丈な鉄格子だろうが、ケンさんが牢獄から出られないってのは情けないなあ。無理やり壊したら石窟が崩れるとか、なんか理由付けしといたほうが良かったと思う。
・サンガ兵の一人マグナム、迫り来る民衆にビビる。
彼の声を担当するのは元DRAGON GATE所属のマグナムTOKYO氏。正直ドヘタだったが、まあ出番も僅かなので許す。
・サーラ、城を出ようというトビの誘いを断り、残る事を選ぶ
とりあえずケツをしまえ
・チェスとセイジ、砂嵐のまぎれて反乱軍を襲撃。手当たり次第に殺しまくる。
全員刀で切り殺されているのを見る限り、おそらくやったのはチェス一人だろう。まさにチェス無双状態。いくら狂気を背負わされているといっても、強くなりすぎでは?
・トビ、セイジたちに捕まり、ビスタのもとへとジープで引きずられながら連れて行かれる。
トビってかなりタフだよね。昨日一昨日にチェスに鞭で嬲られたのに、もう平気な顔してたし。ジープで引きずられる拷問も常人ならすぐに死ぬよね。最期はチェスの剣で切られた傷で死んだけど、あれも相当な出血量だったのにかなり粘ってたしなあ。
・セイジ、死を目前にしても怯えの無いトビの目に苛立つ。
けっこう怯えてるように見えるけど・・・
・サーラ、ケンシロウと力を合わせ、父から教わった発気鳴震波で鉄格子を破壊する。
振動波すげえ!小説→OVAで一番良い改善ポイントは、この奥義を登場させた事だな!拳王様とカイオウの闘気量でこれやったらどうなるんだろう・・・
・チェス、セイジに秘孔額中を解除してもらうも、直後にケンシロウに突きなおされて爆死
額中は第壱話でケンがギーズに突いた秘孔と同じですね。若干効果が違うが。
・セイジとケンシロウ、屋上で対決。
ここからいきなり神作画になります。バトルシーンという点で言えば、全北斗アニメの中でもトップクラスでは。
・ケン、攻撃を躱しながら徐々に秘孔を攻める事で、セイジから鋭さを奪う。
別にこんな戦法取らなくても圧勝できる相手なんだから、もっと全身全霊のぶつかりあいを愉しめばいいと思うのだが・・・・そういう性格じゃないんだろうな、ケンさんは。きっと10点差あってもバントしてくるタイプだな。
・セイジは結局サーラを辱めてなどいなかった。
ゲイ疑惑
・ユラはセイジの叔母。だれよりもサンガとセイジのことを知る人物。
サンガの姉なのか妹なのか、どっちなんだろうね。どっちでもいいか。しかしそんな前からこの親子の姿を見てきた人物なのに、セイジは覚えてなかったのかしら。まああの野犬の時にサーラが居た事すら忘れてたみたいだから、結構忘れっぽいのかも。
・サンガは、セイジを己より強い男に育て上げるため、あえて息子を谷底へと落とした。
獅子はわが子を千尋の谷に〜っつう故事をまんま実行しちゃったのね。
・ケン、いずれこの国には本当の救世主が現れることを予言し、再び荒野へ。
演出ではビスタがその役目を担う風に描かれているんだが、はてさて。