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リュウガ編
(105話〜109話)

 村人に鉄鎖を嵌めてハンマー投げのように投げ飛ばす。そんな暴虐な遊びに興じていた拳王軍の前にケンシロウが、そして馬に跨った謎の男が現れた。彼の名はリュウガ。天狼星の宿命を持つ拳王軍の将の一人であり、敵に凍気を感じさせるほどの高速の拳、泰山天狼拳の使い手であった。ラオウがこの乱世を治めうる大木だと信ずるリュウガは、その伝説を汚す者達を腐った枝と称して排除し続けていたのだった。

 軍団の前から永らく姿を消していた拳王が、遂に居城へと戻ってきた。留守を預かり、自らの役目を果たしたリュウガに、望みの褒美を尋ねるラオウ。リュウガが欲するもの・・・それはケンシロウとの戦いであった。ラオウは子供に恐怖と戦いを教え、ケンシロウは子供の無垢な心を捉える。果たして時代はどちらの巨木を欲しているのか。それを確かめるため、リュウガはケンシロウと戦わねばならなかった。妹・ユリアが愛したという男の器を見定めるために・・・。

 とある村でケンシロウが目にしたのは、皆殺しにされた村人達の死骸の山であった。その傷口は、リュウガの泰山天狼拳のものに間違いなかった。突如魔狼と化したリュウガの次なる標的は、トキの村・・・・。そこは、トキが病人や怪我人の治療をしながら、残り僅かな余生を送っていた村であった。もはや戦えぬ体のトキに向け、無慈悲な矢を放つリュウガ。彼の目的、それはケンシロウが怒りによって発揮する真の力を見定めることであった。そのためにリュウガは、全身に返り血を浴びるほどの殺戮を繰り返し、そして今、トキの命までをも奪おうとしていたのであった。その覚悟を見たトキは、自らの命が時代の礎になるならばと、その命を差し出すのであった。

 連れさらわれたトキの行方を追い、リュウガの城へと踏み込むケンシロウ。そこでリュウガが見せてきたのは、血に塗れたトキのヘッドバンドであった。怒りに打ち震えるケンシロウが繰り出した"真の力"。それは、リュウガの想像を遥かに越えていた。リュウガの泰山天狼拳をものともせず、その身体に連続拳を叩き込むケンシロウ。だが止めの一撃を放とうとしたその時、トキが生きてその姿を現した。リュウガが魔狼となった理由。殺戮に走る前、既にリュウガが自分の腹を割っていたこと。そして、彼がユリアの実の兄であること―――。全てを知り、深い哀しみを背負うケンシロウに対し、トキは言った。哀しみを怒りに変えて生きよと。時代のため、そしてケンシロウの為に命を燃やした2人の魂が、天へと還る。その死を背負い、ケンシロウはまた一つ大きく、強くなるのであった。




・冷気を感じる拳
流血の間もない程に速く鋭い拳であるがゆえに、相手に凍気さえ感じさせるという泰山天狼拳。だが早いだけで冷気など感じるものだろうか。それならユダやハンの拳だって速さがウリなのだから冷気を感じていなければおかしい。
医学用語の一つに
「アイスクリーム頭痛」と呼ばれるものがある。これはカキ氷などの冷たいものを食べた時に頭痛を感じる現象だ。冷たいという強烈な刺激を感じたとき、神経の中継場所で情報が混乱し、冷たさを伝える神経と共に痛みの伝達神経も刺激されてしまうのだ。おそらく泰山天狼拳の場合はこれの逆・・・・痛いという刺激が、冷たいという刺激に挿げ替えられてしまっているのだろう。泰山天狼拳は、高速で肉体の一部を抉りとるという特殊な攻撃法を用いる。その綺麗な断面を見る限り、相手は痛みは感じていないだろう。だが突如断線された神経は混乱を来たす。普段は空気に触れない肉体内部にリュウガの拳圧が残した風が当たり、一瞬の涼しさを感じることで、その後に脳に伝えるべき「痛い」という情報を「冷たい」と謝って伝達してしまう。これが泰山天狼拳の冷気の正体ではないかと思う。
・リュウガの虐殺
この世に必要な大木はラオウかケンシロウか。それを身をもって見定めるため、リュウガはケンシロウの怒りを引き出す必要があった。故に彼は村人たちを虐殺し、トキを連れ去ったらしいのだが・・・・果たしてそれは必要な事だったのか。彼が時代に必要な男を見定めたところで何か変わるのか。
私が思うに、
リュウガの真の狙いはケンシロウを「見定める」ことではなく「成長させる」ことにあったのではないかと思う。まずケンシロウと戦い、大木で無いと判断したならそれでいい。後はラオウ様が天を握れば済む事。しかしケンシロウこそが大木であった場合、ケンシロウにはラオウ様に勝利する事が求められる。そのためには、ケンシロウに更なる哀しみを背負ってもらわねばならない。だが、これが難しい。ケンシロウがリュウガの命を糧に哀しみを背負うためには、二人が全力で戦い、強敵の血を乗り越えねばならないのだ。特に戦う理由もないまま拳を交え、ケンシロウが勝利していたとしても、おそらくケンの強敵リストにリュウガは載らなかっただろう。村人を虐殺し、トキをその手にかけた非道なる男・・・そしてその正体がユリアの実兄であるという悲劇があったからこそ、リュウガはケンの強敵となりえたのだ。実際、その後に井桁でトキとリュウガを火葬した際、リンはケンシロウを見て「ケンはまたひとつ哀しみを・・・でも哀しみを背負うごとにケンは大きくなっていく」と、その成長を感じている。リュウガの目論みは見事成功したのだ。
本来なら"強敵"という存在は作為的に作られるものではないし、そのために多くの人々の命を犠牲にするなど持っての他だ。しかしリュウガには手段を選んでいる余裕は無かった。作中でも、この地獄を少しでも早く終わらせるために魔狼となることを、妹ユリアに詫びている。どれだけ強引な手段であろうと、多くの命を犠牲にしようとも、リュウガにとってはケンシロウを更なる高みに登らせる事が急務だったのである。天狼星には、北斗を戦場に誘うという宿命がある。だがリュウガは、ただ誘うだけでなく、輝ける北斗の星を勝利へと誘うため、その身を紅く染めたのである。


【TVアニメ版での主な変更点】
リュウガがサザンクロスでユリアの墓を訪ねるシーン追加
原作で拳王が帰ってくるのは大男が囲いの中で女を追いまわす遊びをしている村だが、アニメではただ拳王軍が略奪をしていた村。前記の村には代りにケンシロウが現れる。
リュウガの副官ガロウが登場。
リュウガが預った村の様子を拳王に見せるシーン追加。村人を恐怖で縛り農作業をさせている。
リュウガの配下のギュンターが拳王に反乱を起こすシーンが追加。リュウガ自身が諫める。
無抵抗村長が殺されない
サバトに支配される村をケンシロウが救い、それをリュウガが目撃するというエピソード追加
リュウガがケンシロウの器を見定めるために襲撃するエピソードが追加。戦う意志のないケンは攻撃を受けきった後に姿を消す。
リュウガがとある村を全滅させるイベントがカット
盗賊達の治める村をリュウガ達が奪うエピソードが追加。そこに訪れたケンシロウがガロウと闘い、リュウガの行き先がトキの元だと知らされる
リュウガに射られて死ぬ老人が、アニメではトキの体当たりで救われる
原作ではトキの声でケンシロウが拳を止めたが、アニメではユリアのペンダントが視界に入ったため。

≪トキvsラオウ編 南斗最後の将編