
数年前、小船で海に漕ぎ出そうとする一組の親子の姿があった。この地獄から逃げるため、彼等は禁を破り、この海を渡ろうとしていたのである。しかし既にその背後には、カイオウとその部下達が駆けつけていた。家族の悲痛な願いに耳もかさず、その拳を振り上げるカイオウ。だがその処刑に待ったをかけたのは、ヒョウであった。こんな小船で海に出ても、十中八九海の藻屑となるだけ。ならばここはこのまま行かせるのも将の器量ではないか。そう言ってヒョウは、カイオウの前に両手を広げた。その瞳に深い哀しみを湛えた男こそ、ナガトが憧れたヒョウの姿であった。
子供達が寝静まった頃、ナガトは一人外へ出た。その背に声をかけたのは、父ペテロであった。彼は客人の二人が、あのケンシロウとシャチであることを知っていた。何故ナガトが彼等を匿ったのか、ペテロにはその理由が分からなかったのだ。しかし、それはナガト本人も同じであった。だが彼は見ていた。ケンシロウが持つ、昔のヒョウと同じ哀しき瞳を。もしかしてこの男が修羅の国の救世主となるのかもしれない。その直感に、ナガトは己の判断を委ねたのである。そしてナガトは、一人村を出た。明日、ヒョウに最初で最後の意見具申をするために。それは、ナガトが命を賭けた、側近としての最後の務めであった。
生きる道を見失った自分達は、もう貴方についていくことは出来ない。そう心の内を語り終え、その場から去ろうとする四人の腹心達。しかし次の瞬間、彼等はヒョウの放った刃にその身を貫かれていた。カイオウに逆らう者であれば、己の腹心達であっても例外は無い。それが、魔神と化したヒョウの答えであった。ナガトが兄と慕い、光と信じたヒョウの姿は、もう何処にも無かった。還らぬヒョウとの日々が、ナガトの頬に涙を伝わせる。かつて貴方も戦う度に心の中に涙を流していたのだ!そう言って飛び掛ってきたナガトを、ヒョウは無情の一撃で葬り去った。既にヒョウの身体は、涙一滴すら持ち合わせぬ真の魔人へと変わっていたのだった。
その夜、ナガトの村は炎に包まれていた。己に手を上げたナガトに逆賊の烙印を押したヒョウは、その一族諸共皆殺しにするよう命令を下したのである。村人達が次々と殺される中、修羅達の手はナガトの家にまで及んでいた。ナガトが殺された事を知り、喰って掛かってきたペテロを切り捨てた修羅達は、ヨムとテツをもその手にかけようとする。だがその刃は大きく狙いを外し、別の修羅の脇腹へと突き刺さっていた。その原因を理解する間もなく、男はその身体を粉々に爆ぜた。犯人は、炎の中より現れた。少し前に村を出たケンとシャチが、異変を感じ、戻ってきたのである。怒れるケンの拳を受け、修羅達はその炎の中に肉体を消滅させたのであった。| [漫画版との違い] ・ヒョウの側近五人衆が、カイオウに忠誠を誓ったヒョウに絶望するシーン追加 ・ナガトがヒョウとはじめてであったときのエピソード追加 ・ケン達がナガトと出会い、家に招かれるシーン、その後の家でのナガト一家のシーンが追加 ・側近五人衆に会う直前、ヒョウが町中を行くシーンが削除。 ・ナガトの肩書きが、准将から副将に変更 ・別れを告げる側近五人衆の足元に、折られた軍旗が追加 ・腹心四人に刃が刺さったのは、原作では全員顔だが、アニメでは一人だけ顔で後は胸。 ・ナガトがヒョウに挑む直前、ヒョウと自分達側近五人衆との思い出を回想させるシーン追加 ・原作のナガトは首を切られるが、アニメでは胴 ・原作でナガトの家にいたのは息子達だけだが、アニメでは父ペテロも追加。 ・ナガトの家を襲った修羅が、2人から5人に。 ・修羅の槍が逸れたのは、原作では柄の部分を曲げられたからだが、アニメでは秘孔で前を向けなくされたから。 ・原作でヨムとテツを連れ出したのは町外れだが、アニメでは家の直ぐ横の森。 ・アニメではヨムが死なない。原作の、死ぬ直前に語るナガトの話も削除。 |
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