
開戦を告げるラオウの剛拳は虚しく空を切った。北斗神拳究極奥技無想転生。実態を空に消し去るその哀しみの奥技の前には、どんな攻撃も無に等しかった。逆に攻撃を喰らい、崩れるラオウ。すかさずケンはそのラオウへと止めの一撃を放とうとする。しかし、ケンの拳もまた虚空を切った。捉えた筈のラオウの体は背後へと周り、そしてケンシロウの拳には攻撃を受けた痕が残されていた。無想転生。哀しみの果てに得るその究極奥技を、ラオウもまた会得していたのだ。ラオウに哀しみを与えたもの、それは背後にある巨大な像の上にあった。巨大な手に体を預けるかのように横たわっていたのは、安らかに眠るユリアの姿であった。
に、もう脈はなかった。生まれて初めてラオウは女に手をかけた。しかしその血がラオウの体に哀しみを、無想転生を吹き込んだのであった。
リハクに手を引かれ、リュウケンの下に連れてこられた少女。それは幼き頃のユリアであった。既に後の南斗の将となることをさだめられていたユリア。しかし、彼女はその感情をすべて母の胎内へと置き忘れてしまっていた。北斗と南斗は表裏一体。それが宿命ならば、北斗を訪れれば何か変化があるかもしれない。そう考え、リハクはここ北斗練気当座へとユリアを連れてきたのである。だがその時、彼らの会話を遮るように子供の声が響いた。それは、まだ少年の頃のラオウとケンシロウが闘う声であった。何故禁を破った。そう言ってラオウを叱るリュウケン。まだ道場に入ることすら許されていないケンシロウに拳法を教えることは、北斗の掟に反することだったのである。だがラオウは言った。才なき者はいずれ拳を奪われ追い出される。ならば今ケンを追い出すことこそがケンシロウのためだ、と。既にこの頃から、ラオウの最強への自負、そして野望は揺ぎ無いものになっていた。そして、後にもう一つの野望となる一人の少女との出会いがそこにあった。ラオウの視線が、ユリアの瞳を捉える。その瞬間、ユリアの中に何かが走った。ピクリとして、手に持っていたマリを落とすユリア。そのマリを拾い上げ、笑顔でユリアに差し出したのはケンシロウであった。優しいそのケンシロウに瞳が、またユリアの中に電流を走らせる。そして扉は開かれた。感情を無くして生まれてきた少女は、初めてその顔に笑顔を浮かべたのであった。その強い力でユリアをいざなったラオウ。方やその優しい力で心を開け放ったケンシロウ。後に北斗を背負うこの二人と、ユリアを結ぶ数奇な運命はこの時始まっていた。そしてこの一人の女を巡り、二つの北斗が点を二分してぶつかり合うこともまた宿命として動き出したのであった。
リハクたちが駆けつけたとき、既に戦いはクライマックスを迎えていた。だがそこで行われていたのは眼を疑うかのような光景であった。つま先、膝、片足・・・。己の体を、少しずつラオウの闘気の中へと進入させていったのだ。ケンが見ていたのはラオウの闘気、その乱れであった。互いに拳を見切った今、正面から戦っても決着はつかない。ならばラオウの闘気を誘い、それを間合いとし、その闘気の乱れのスキをついた一瞬の無想の拳でしか勝負はつけられないと考えたのである。そんなケンの眼には、いつしか涙が流れていた。次の一撃が、二人にとって最後の別れとなることを、ケンシロウは悟っていたのだ。ケンの心には、未だラオウは、トキと同じく目指した偉大なる長兄として焼きついていたのであった。| [漫画版との違い] ・拳王軍団団長達がリハクに降伏を申し入れるシーン追加 ・黒王に乗ってこなかったので、リンとバットはバイクにのって練気闘座へ。 ・ユリアと初めてであったのを思い出すのが、服が破れる前から後に変更。 ・幼女ユリアを北斗練気闘座へと連れてきたのが、痩せた老人からリハクに変更。 ・互いの服が吹き飛ぶまでの、無想転生の応酬などの戦いのシーン追加 ・ケンが闘気を見て闘うとバットに話すシーンは、黒王に一緒に乗ってきてないのでカット |
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