ストーリー | キャラクター | 流派・奥義 |
ケンシロウがシンに敗れてから数日後…… 廃ビルの中で斃れていたケンシロウは、イザクとハンナの老夫婦に命を救われた。二人にとってケンシロウは、死んだ息子ラウールの生き写しであった。 二ヵ月後、二人の介抱のおかげで、ケンは身体を動かせるまでに快復していた。だがケンが買出しへと出かけた時、突如二人の家に、ザイム軍の兵達が押しかけてきた。老夫婦がラウールを匿っている―――。そう密告を受けたザイム軍は、ラウールが死を装って逃亡したのだと思い、捕らえに来たのである。無論、彼等がラウールだと思っていたのは、ケンシロウに他ならなかった。ラウールが来るまでの人質として、城へと連行されてしまったイザクは・・・ 必ずイザクを連れ戻す。そうハンナと約束し、ケンは一人、ザイムの城へと訪れた。ザイムの城は、核戦争前まで刑務所だった場所であった。ザイムとその部下たちは、かつてそこに収容されていた囚人だったのである。だが世界が核の炎に包まれたあの日、看守長のトーレの情けによって避難させられたにも関わらず、彼らは逆に刑務所を乗っ取り、看守と囚人の立場を逆転させたのであった。ザイムはそこを己の居城へと変え、かつて己を裁いた検事や裁判官等を、じわじわと嬲り殺していたのである。その日もケンの目の前で、検事ディックに対する折檻ショーが行われていた。だがケンは、ザイムが振るうその自称「南斗聖拳」が紛い物であることを、一瞬で見抜いていた。 ザイムの悪口を吐いたとして、次なる獲物に指名されたケンシロウ。だがザイムの偽南斗聖拳は、ケンシロウにまったく通用しなかった。北斗残悔拳――――。致命の秘孔を突かれたザイムは、その身を醜く崩壊させ、吹き飛んだのであった。そして、反旗を翻したトーレ達の手により、刑務所は再び秩序を取り戻したのだった。 約束通り戻って来たケンシロウとイザクを、涙で迎えるハンナ。同時に密告者であるベントは、トーレ率いる警邏隊に捕らえられ、城へと連行された。だがその帰り道、トーレ達を、全身黒ずくめの男たちが襲った。彼らの名は闇帝軍。闇帝シュウマを王とする巨大軍閥であり、ザイムの背後に控える真の黒幕であった。 |
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ザイム達を操っていた真の黒幕、闇帝軍。看守長のトーレが殺されたのは、彼等の報復が始まった事を意味していた。トーレに代わり、砦の指導者となったエリスは、ケンシロウに力を貸してほしいと依頼する。しかしケンは、トーレの遺体を見て、相手が南斗聖拳の使い手ではないかと感じ始めていた。傷が完全に癒えていない今、ケンにとってそれは勝てる確証のない相手であった。 闇帝軍が本格的に動き出すまでの間、ケンシロウはイザク達のもとで平和な時間を過ごしていた。自分が北斗神拳の伝承者であること。シンに敗れ、恋人ユリアを奪われたこと……自らの哀しい過去を語るケンを、老夫婦は優しく慰めた。二人はケンシロウと過ごす時間に、死んだ息子が帰ってきたかのような幸せを感じていたのだった。しかし、その幸せは一瞬にして奪われた。闇帝シュウマが送り出した刺客が、イザク達を殺し、家を焼き払ったのである。怒りに打ち震えるケンシロウは、必ずその手で闇帝シュウマを討つことを誓うのだった。 敵の中に北斗神拳の伝承者がいる事を知った闇帝は、密偵の"耳"に、ケンの身辺を探るよう指示する。だが"耳"にとってケンシロウは、拳法家として手を合わせずにはいられない相手であった。密偵の任務を放棄し、崑崙拳でケンに勝負を挑む"耳"。だが傷が完治していないとはいえ、ケンにとって"耳"は相手ではなかった。"耳"を圧倒し、止めを刺そうとしたそのとき―――ケンは、"耳"の右耳に刺青された「ユウキ」という名前を目にした。"耳"は、その弟ユウキを食わしていくため、密偵として世を渡り歩いていた男だったのである。それを知ったケンは、"耳"に言った。常に俺の命を狙え。死を背負ってこそ俺の拳も気も磨かれるだろうと。"耳"はその言葉に、ケンの情を感じていた。ケンと闇帝を闘わせてはならない―――。そう考え、闇帝に虚偽の報告を伝える"耳"であったが、その企みは一瞬にして闇帝に見抜かれてしまった。右腕を犠牲にし、なんとか闇帝の城から脱出した"耳"は再びケンシロウの元へ・・・ 闇帝軍が進軍を開始したとの報を受け、砦へと駆けつけたケンシロウと"耳"。だが砦を取り囲む闇帝軍は、何の攻撃もしてこなかった。このまま籠城を続けさせれば、いずれは食料が尽きて餓死する。そうすれば一切の戦力を失わずに勝利を得られる―――それが闇帝軍の作戦だったのである。そんな中、砦の中には見慣れない男が紛れ込んでいた。男の名は一条鞭のコーエン。謎に包まれたその男は、死に場所を探してここへ来たのだと語った。だが"耳"は、その素性の知れない男に、ただならぬ物を感じていた。 井戸に毒を投げ込むという敵の作戦を読み切り、見事に防いだケンシロウ達。だが闇帝軍は、さらに絶望的な作戦を展開してきた。近辺に住む千人もの村人たちを集め、その者たちを無理やり砦の中へと入れるよう要求してきたのだ。一気に蓄えの食糧を減らされたことで、砦の敗北は急速に迫ってきていた。一か八か、自分から打って出ようとするケンシロウであったが、それを制止したのはコーエンであった。俺はあんたの役に立つ人間を知っている。そう言って姿を消したコーエンは、数日後、一人の女性を連れて、砦へと戻ってきた。女の名はソーラ。エリス教の信者であるという彼女の持つ、不思議な力―――。それは、自らの「気」を消費して、他人の傷を治すことができるというものだった。ソーラの放つ白光は、僅か数十分で、ケンの身体を八分程にまで快復させたのであった。 その日の夜、闇に紛れて闇帝軍のキャンプへと潜入したケンシロウと"耳"は、闇帝の暗殺を成し遂げる。だが一撃で事切れたその男が、本物の闇帝であるはずはなかった。本物の行方を追うケンシロウ達は、闇帝の居城"暗烏閣"へ。城への潜入に成功したケン達は、闇に包まれた王室にて、遂に闇帝と対面する。闇帝の使う南斗夜梟拳の前に、互角の勝負を繰り広げるケンシロウ。しかしその戦いの中で、ケンと"耳"は違和感を感じていた。残忍と言われる闇帝の闘い方が、あまりにも正攻法であること。そしてカラスの拳である筈の闇帝が今使っているのが、フクロウの拳であること―――。真っ正直な拳を読みきられ、敗北したその男も、やはり本物の闇帝ではなかった。影武者ボーモンの敗北を受け、闇の中から姿を現した真の闇帝シュウマの正体―――それは、あの一条鞭のコーエンであった。 コーエンの素早い南斗黒烏拳の前に、一方的に攻め立てられるケンシロウ。しかしいくら攻撃しても、コーエンの拳はケンに致命傷を与えられなかった。戦いの中でケンは、コーエンの秘密―――左目の視力が無いという弱点を見抜いていたのである。だからこそコーエンは闇帝となり、暗闇に身を隠すことでその弱点を隠し続けてきたのであった。しかしその弱点を見抜きながらも、ケンはそこを攻めなかった。それが、北斗神拳伝承者としての戦い方であるが故に・・・。完全敗北を認めたコーエンは、自らの左腕を切り落とし、言った。俺にはまだやり残したことがある。この命、少し貸しておけ―――と。 翌朝、砦のエリス達の前へと訪れた闇帝は、鴉の仮面を脱ぎ、正体を現した。全ての経緯を話したコーエンは、砦と不可侵条約を結んだ後、兵を引き連れて退却。こうして、一ヶ月にわたる籠城戦は終わりを迎えたのであった。人々はケンシロウへの感謝の言葉を口にしたが、当のケンシロウの姿はそこにはなかった。イザクとハンナの墓に別れを済ませたケンは、"耳"と共に、また新たな旅へ出ようとしていた。 |
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弟ユウキに会って欲しい。そう"耳"から頼まれたケンは、崑崙谷の村へと向かう事を決めた。ユウキは幼くして両目の光を失った少年であった。だが彼はそれと引き換えに、他人の哀しみが視えるようになり、その者の未来を予知する事ができるようになったのだという。数年前、ユウキは"耳"に言った。兄さんは今度の旅で大事なものを失う代わりに、大事な人―――「救世主」に出会うだろう、と。"耳"は、今になってその言葉の意味を理解していた。失った大事なものとは己の右腕・・・そして出会った「救世主」というのはケンシロウの事なのだと。 二人が村へと到着した時、ユウキは洞窟の中に軟禁されていた。他人の哀しみを背負ってしまうユウキは、時に大きな哀しみの重さに耐えられず、発作を起こしてしまうのだという。ケンシロウがユウキに触れた瞬間、すさまじい量の哀しみがケンシロウの中へ流れ込んだ。哀しみから解放されたユウキの安らかな笑顔に、"耳"は涙を流し、ケンに心から感謝するのだった。 翌朝、瀕死の重傷を負った三人が、村の中へと運び込まれた。この近隣に跋扈する軍閥「幻王軍」にやられたのだという。しかし、実はその三人こそが、幻王軍の刺客「死人組」であった。彼らは仲間内で身体を切り裂きあい、怪我人となってこの村に潜入してきたのである。彼らの目的、それは不思議な力を持つユウキを、幻王ダルダのもとへと連れ帰る事であった。 次の日の朝、医師ロジェの遺体が、崑崙谷の下で見つかった。村人達はその犯人をケンシロウと断定した。怪我を負った三人が動ける身体ではない以上、怪しい外部の者はケンシロウしかいないと考えたのである。だが勿論その犯人は、死人組であった。重傷に見えた彼等の傷は、意図的にうまく急所を外されていたのである。ロジェ医師はその異変に気づいたため、殺されてしまったのであった。村人達に従い、素直に監禁されるケンシロウであったが・・・ ユウキが呟いた言葉、「クマムシ」―――。自ら瀕死に陥るというその生物の生態から、"耳"はあの三人が犯人である事をつきとめる。だが本性を現した三人の前に、"耳"の力は遠く及ばなかった。血を流せば流すほど強くなる―――。その異常な体質こそが、彼等が死人組と呼ばれる所以であった。"耳"が崑崙谷へ落ちたのを確認した三人は、ユウキを拐うという任務を果たすため、村の中へ。だがそこに立ち開ったのは、崖下から生還した"耳"と、危機を察知して駆けつけたケンシロウであった。相棒のワムシ、ウズムシを一瞬にした屠られたクマムシは、這這の体で幻王ダルダのもとへと逃げ帰っていったのだった。 クマムシからの報告を受けた幻王ダルダは、自らが従える数千もの民衆を招集した。彼等はダルダの幻術にかけられた者達であった。長年にわたり薬物入りの水を飲まされ続けた民衆は、ダルダの操り人形と化していたのである。あそこには桃源郷がある―――。そう告げられ、民衆が向かったのは、あの崑崙の村であった。押し寄せた数千の民衆を前に、焦りを募らせる村人達。そんな中、ユウキは言った。村を捨てて逃げよう、と。その逃亡先も、既にユウキは天の声で聞いていた。導かれし運命の地―――。それは、あのソーラが信仰するエゼル教の聖地、「ナザニエル」であった。 村を発って数日後、ケン達崑崙谷の一団は、幻王軍に取り囲まれていた。だがその危機を救ったのは、コーエン率いる闇帝軍であった。エゼル教を頼ろうとする者達を見殺しにはできない―――そう、コーエンは語った。エゼル教の教祖「エゼル」ことヨハンナは、闇帝コーエンの実の妹だったのである。コーエンが闇帝軍を作ったのも、全てはヨハンナとエゼル教を守るためであった。そしてそのヨハンナを狙う幻王ダルダは、コーエンにとって、いつか決着をつけねばならない相手なのであった。ケン達を先に行かせ、幻王軍との決戦に臨もうとするコーエン。だがケンは、合流したボーモンに村人達の護衛を任せ、単身コーエンの元へと戻った。闘いの中で散ろうとする漢の死に様を見届けるために・・・ 弓矢、落石、毒、そして操られた兵達。幻王軍の多彩な攻めの前に、一方的に攻め立てられる闇帝軍。起死回生を図り、幻王ダルダとの一騎打ちに臨むコーエンであったが、その力の差は大きかった。南斗白鷲拳―――あまりの残虐さゆえに、南斗百八派から除名されたという幻の拳。ダルダはその失われた拳の唯一の伝承者だったのである。到着したケンシロウをもまとめて葬ろうとするダルダであったが、突如幻王軍は兵を退き、城へと帰っていった。己達の領土に拳王軍が侵攻してきたとの報が入れられたからであった―――。 この世紀末、略奪の道を選んだコーエンに対し、妹のエゼルが選んだのは殉死の道であった。妹を助けられるものなら助けてやりたい―――そう願うコーエンにとって、ケンシロウは最後の希望であった。その願いに必ず応えることを約束し、ケンはコーエンと共に、ナザニエルとへ向けて歩き出したのであった。 |
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ケンシロウとコーエンが幻王軍を足止めていたその頃―――。 "耳"ら崑崙村の一団は、ボーモンの案内を受け、一路ナザニエルとへ向かっていた。だが林の間道へと踏み入ったその時、突如飛来した数百本の杭が、ボーモンの身体を貫いた。犯人は、あの死人組のクマムシであった。幻王に見限られたクマムシは、ユウキという手土産を持って帰る事で、再び幻王軍幹部として返り咲こうと企んだのである。だがその時、突如見知らぬ二人の男がクマムシの前に立ちはだかった。彼等の名は、炎のシュレン、そして風のヒューイ。二人が操る炎と真空波の前には、クマムシの不死身体質も意味を為さなかった。 二人は南斗最後の将に仕える戦士「南斗五車星」に属する者達であった。リハクの密命を受け、密かにケンシロウの動きを追っていた二人は、ナザニエルに先回りしようとしたところで、この現場に遭遇したのである。素性の知れぬ二人を警戒する"耳"であったが、予知の力を持つユウキは、彼等が悪人ではない事を見抜いていた。同時に、彼等に与えられた宿命―――将のために尽くすその生が、儚く短いものである事も。 長い旅路の末、遂にナザニエルへと辿り着いた"耳"達。だが一見平和に見えるその町は、どこか異様な雰囲気が漂っていた。彼等エゼル教徒たちが望んでいるのは"殉教"。希望の無いこの現世から救われるには死ぬより他にない―――。それがエゼル教が唱える教えだったのである。そんな彼等にとって、信徒ではない"耳"達は、招かざる客であった。だがそんな"耳"達を街へと招き入れたのは、かつてケンシロウの傷を癒した女・サーラと、ナザニエルの女教祖・エゼルであった。 教祖エゼルの本名は、ヨハンナ。あの闇帝コーエンの妹であった。大戦以前は看護師として働いていた彼女は、あの核の日、患者達を助けようとして死の灰を浴びた。だがその際ヨハンナは、視力を失った代わりに、予知や治癒の力を得たのだという。いつしか彼女の周りには人が集まり、やがて人々は彼女を教祖エゼルと呼ぶようになった。ヨハンナを祭り上げたのは、三聖者と呼ばれる、ベルツ、ダニエル、ジオンの三人。信徒達に殉教を強制する、エゼル教の実質的な支配者であった。 翌日、ケンシロウとコーエンもまたナザニエルへと辿り着いていた。街に着くなり、親が子供の死を喜ぶという異様な光景を目にしたケンシロウは、エゼルに殉教を止めるよう進言する。だがエゼルも、そして三聖者たちも、考えを改める気は無かった。この不毛の時代、人は生きれば生きるほど、悪に手を染めて善の心を失っていく。死から生き延びたとしても、希望の無いこの世界ではそれ以上の不幸な死を遂げる。この世を覆う闇が晴れない限り、彼等は殉教という考え方を変えるつもりはなかった。世界に光を取り戻す救世主が現れない限り―――。 その時、ナザニエルに幻王軍が侵攻してきたとの報せが入れられた。闇帝軍との戦いで兵力を削がれたダルダは、ナザニエルの信徒達を捕らえ、兵を補充しようと考えたのである。だがこの戦いは、エゼル教徒達にとって待ちわびた大願成就の時であった。今こそ殉教の時―――。エゼルの教えを信じ、幻王軍へと特攻する信徒達。そのみすぼらしい軍団を見て嘲け笑う幻王軍であったが、戦いは意外な結果となった。斬られても突かれても全く怯む事のないエゼル教徒の軍団に、次第に押され始める幻王軍。やがてその恐怖は軍全体に広がり、兵達は堰を切ったように一斉に逃げ出したのであった。 想像だにしなかった敗戦という結果を受け、屈辱に身を震わせる幻王ダルダ。だが乱世の奸雄と言われるダルダが、その程度で引き下がるはずは無かった。不死には不死を―――。兵達に幻薬を飲ませ、不死身となったとの暗示をかけたダルダは、すぐさま彼等を第二陣としてナザニエルに突撃させる。だがダルダの真の狙いは他にあった。誘き出されたエゼル教徒達を、うまく落とし穴に落としたダルダは、彼等に幻薬を降りかけ、こう言った。わが名はエゼル。お前達が信じてきたあの女は偽者だ―――と。 数刻後、歓呼に迎えられて帰還した信徒達であったが、彼等は既に幻王軍の刺客と化していた。ダルダは彼等にエゼルの抹殺を命じ、懐に爆弾を抱えさせていたのだ。街中で爆音が響く中、なんとかエゼル守らんと、信徒達の足を止めるケンシロウたち。しかしそんな中、僅かに回避が遅れたコーエンが、爆発によって致命傷を負ってしまう。それは、闇帝と呼ばれた男には相応しくない、赤子を守ろうとした結果の失態であった。 南斗黒烏拳 最期の舞―――。コーエンが最期に殺ったのは、殉教の名を借りて虐殺を行う三聖者の首であった。それは、本来救世主となるべきケンシロウの役目であった。しかし、未だ非情の心を持てないケンシロウには、無抵抗の三聖者を殺す事はできなかったのだった。今際の際、コーエンは告げた。殉教を捨てよヨハンナ―――そして救世主となれケンシロウ―――。その"強敵"の頼みに、ケンシロウが力強く応えた瞬間、コーエンは眠るようにその瞳を閉じたのであった。 今にも総攻撃をかけようとする幻王軍の前で、ナザニエルの大門が開いた。飛び出してきた信徒の軍団の先頭には、女教祖エゼルの姿があった。もう殉教はならない―――。兄コーエンの遺言によって目覚めたヨハンナは、信徒達に勇気を示すため、自ら剣を取ったのである。だが相手は、三万からなる幻王軍。二千にも満たないエゼル軍にとってそれは、"生きるために闘う"にはあまりにも大きな敵であった。しかし戦況は、たった一人の男の登場によって激変した。一瞬にして百の、千の兵を蹴散らしていくその救世主・ケンシロウの強さに、再び心を奮い起こす信徒達。しかし狡猾なダルダは、既にケンシロウの弱点を見抜いていた。暗殺拳の伝承者にあるまじき甘い性格―――。人質として捕われた近隣の村人達に、幻王軍が武器を突き付けた瞬間、もはやケンシロウは一寸も動く事ができなくなっていた。彼等を見捨てなければ、より多くの人々の命が奪われる。それを理解しながらも、やはりケンシロウにはその非情な決断を下す事はできなかったのだった。 観念したケンシロウに向け、止めの一撃を振り上げるダルダ。だがその時、ダルダに―――否、その背後にいた幻王軍や、人質達全員を巻き込むように、無数の矢が降り注いだ。放ったのは、隊長ジュストをはじめとした、エゼルの親衛隊であった。救世主であるケンシロウをここで死なせてはならない。そう思ったジュストは、人質という枷を全滅させる事で、ケンシロウを呪縛から解き放ったのである。そして、そのために犯した罪を、ジュストは一人で被る事を決めていた。我らの死を乗り越えて、真の救世主の道を!そう言い残し、ジュストは自ら喉に剣を突き刺して自決したのであった。ユリア、イザク夫妻、コーエン……。己の甘さゆえに守れなかった大切な人達の顔が、浮かんでは消える。その哀しみを怒りへと変え、ケンシロウは遂に幻王ダルダとの最後の勝負に臨むのだった。 救世主として人々の希望を背負ったケンシロウに、もはやダルダの拳は通用しなかった。しかし、邪拳・南斗白鷲拳の真髄は深かった。幼き頃から毎日毒を飲まされてきたダルダは、その全身に猛毒を含んでいたのである。傷から入り込んだ毒に犯され、朦朧状態に陥るケンシロウ。だがその毒が致死に達しかけたその時―――教祖エゼルが、ケンシロウの身体を抱きとめた。自らの持つ治癒の力で、ケンシロウを蝕む毒素を消し去ろうと考えたのである。そうはさせじと止めの一撃を振り上げるダルダであったが、その爪が切り裂いたのは、盾となったエゼルであった。また一人、大切な人を守れなかったケンシロウに、嘲笑をぶつけるダルダ。だが次の瞬間、ケンシロウの渾身の一撃が、ダルダの身体に突き刺さった。エゼルの命を賭した治癒のお陰で、ケンシロウは危機状態から脱していたのである。ダルダの最後の奥義を心の目で躱したケンシロウは、止めの連続拳をその体に叩き込む。勝負は決した―――。もはやダルダには、指先すら動かす力すら残ってはいなかった。 (以上で更新停止) |
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