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ボルゲ編
(237話〜245話)

 リュウが目覚めた時、そこにはケンの書置きが残されていた。既に哀しみを知る心を身につけたリュウに、もはや教えることは無い。そう思ったケンは、後のことをバルガ親子に託し、再び一人で荒野へと旅立ったのであった。ケンと過ごした月日を忘れることなく、リュウはいつの日か父ラオウを超えることをケンに誓う。

 ユリアが眠る地に帰ってきたケンシロウ。そこで彼を待っていたのは、哀しい知らせをもったマミヤであった。バットとリンの結婚式が行われたその日、バットは死環白によって作られた偽りのリンの愛を放棄し、リンの記憶を奪った。そしてリンにケンシロウのことを思い出させるため、二人で旅に出たのだという。リンとケンが結ばれる事。それはユリアまでもが望んでいたことだった。しかし、ケンにはリンの愛を受け入れることは出来なかった。ケンには強敵達との思い出があまりにも多すぎたのだった。

 雨中を進むケンは、荒天に浮かぶユリアの泣き顔を見る。とその時、黒王はその歩を止めた。幾多もの戦いの中を潜り抜けてきたその戦士にも、最期の時が訪れたのであった。次の瞬間、突如ケンの七つの傷が光ったかと思うと、落雷によって足元の崖が崩落した・・・

 バットとリンは、己達がケンと初めて出会った村へと訪れていた。廃墟と化したその村の中で、リンの中に眠るケンの記憶を呼び覚まそうとするバット。しかしその時奇跡が起こった。数年前のあの時と同じように、ケンシロウが二人の前に現れたのである。ケンは全ての記憶を失っていた。

 共に空白となったケンとリン。二人が記憶を取り戻さずとも、このまま二人に愛が芽生えればいい。そう考えたバットは、二人を残して去る事を決めた。しかしケンは北斗神拳をも失ってしまったのか。バットのその心配も、杞憂に過ぎなかった。自らがけしかけた大男二人を、ケンはただ軽く腕を振っただけで簡単に撃退してしまったのだった。

 駆けつけたマミヤと共に帰路につくバット。しかしその道中、二人は無残に殺されたゾルド軍の死体の山に遭遇した。彼等は目を一文字に切り裂かれ、ケンと同じ胸に七つの傷をつけられていた。殺人鬼の名はボルゲ。かつてケンシロウに敗北し、目の光を奪われた男であった。復讐の鬼と化し、ケンシロウを追い続けるボルゲは、自らの憎しみを表現するためにゾルドにも同じ処刑を行うのだった。今のケンではボルゲに勝てないかもしれない。そう思ったバットは、自らの胸に七つの傷を作り、自らがケンの身代わりとなる事を決めた。自分がボルゲに勝てればそれでいい。負けてもそれでケンが死んだことになれば、ケンに危害は及ばない。それがケンとリンへの恩を返すために選んだ、バットの死に様であった。

 ケンシロウが現れたその報せに歓喜するボルゲ。変幻自在に動く多頭凶蛇棍に苦戦を強いられるバットは、銅鑼の反響を利用し、聴覚を奪って反撃に転じる。しかし次の瞬間、ボルゲの刃がバットの身体を貫いた。ボルゲは右手をマントの中に隠したまま戦うことで、己を隻腕だと思わせて、油断を誘っていたのだった。

 残されたケンとリンは、村に残された数々の情報から、少しずつ記憶を取り戻そうとしていた。おぼろげな記憶の中に残る、牢屋の中での少年との思い出。床下から見つかった薬瓶が、それが確かな記憶である事を裏付けていた。そしてその少年が、先ほど己を助けたバットと名乗る青年である事も。己の本当の過去を知るため、ケンとリンはバットを探すために旅立つ・・・

 磔にされたバットをケンシロウだと信じ、容赦ない拷問を開始するボルゲ。救出を試みるも失敗したマミヤは、せめて楽な死をと、バットにボウガンを向ける。だがその時、ボルゲの兵達が突如フッ飛んだ。現れた男の胸には、鮮やかな七つの傷が刻まれていた。この男が本物のケンシロウだと確信し、襲い掛かるボルゲ。特殊装甲で固めた頭突きの連打で追い込んだボルゲは、止めをささんとその胸に刃をつきたてる。このままケンが殺されては自分の死が無駄になる。残された力を振り絞り、ケンの名を呼ぶバット。次の瞬間、ケンはボルゲの横っ面を、渾身の力で殴りつけていた。脳を偏らせるほどのその力は、ケンが記憶を、北斗神拳を取り戻した事の証であった。

 自らのために命をも投げ出してくれたバットの心に涙するケン。おまえは俺にとって弟だ。それは、ケンを兄と慕い続けてきたバットにとって最高の賞賛であった。その涙を怒りへと変えたケンの拳が、ボルゲに炸裂する。装甲に装甲を重ねた頭部をふっ飛ばされるボルゲ。だが
しぶといボルゲは、最後の足掻きでリンを道連れにしようとする。しかしそれを救ったのはバットであった。自分がいればケンとリンは結ばれない。そう考えたバットは、ボルゲと相討つ道を選んだのであった。駆け寄ってきたリンにバットは言う。おまえの拾ったせいでこんな目に遭った。お前は俺にとって疫病神だと。しかし、そんなバットに対してリンは涙した。ケンと同じく、リンもまたその記憶を取り戻していたのだった。

 バットはいつでもその優しい目でリンを守り続けていた。そして今も。リンと二人で幸せになってくれ。死に行くバットの最後の願いに頷くケン。もはや思い残す事のない。そう言い残しバットはゆっくりとその瞳を閉じたのだった。

 バットの望んだ通り、ケンと共に旅立とうとするリン。しかし、リンはその歩を止めた。リンは今初めて気がついたのだった。自分が誰を愛すべきなのかということを。バットの元へと駆け戻り、その最後を己の手で送ろうとするリン。しかしその身を抱きしめた時、リンはバットの体から聞こえるかすかな鼓動を捉えた。それは、ケンの秘孔が起こした奇跡であった。ケンが見上げた空には、笑みを浮かべたユリアが映っていた。



 盗賊に襲われる村に、一人の男が現れる。逃げる村人に盗賊の刃が迫ったその時、男の指が盗賊の頭に突き刺さった。おまえはすでに死んでいる。男がそう告げた瞬間、盗賊の体は粉々に飛散したのであった。





・ボルゲ編
バットは常に脇役を演じてきた。脇役と言っても、いぶし銀というわけでもない。単に存在感が薄かった。少年期は仕方が無いにしても、レジスタンスのリーダーという立場になってもそれは変わらず、真のリーダーはリンだ!みたいな感じで言われてしまう始末。その後も相方のリンは天帝の血族だの、修羅の国で引っ張りまわされたりだのと多忙を極める中、バットはほぼ出番無し。忘れられた頃に修羅の国に現れたが、いまさらこの凡夫が来たところで・・・と読者は一様に思っただろう。
 だがこの最終章は、そんなバットが主役である。おめでとう。コングラチュレーション。間違いなく君が主人公だ。ウド状態のケンとリンに悪党をけしかけたり、くっつかせようとしたり、やりたい放題だ。北斗の拳史上最大の凄惨な拷問も喰らったぞ。超目立ってる!最後は生き返ったぞ!やったね!!!
 実際冗談ではなく、この話のお陰でバットが好きになったという人は相当いると思う。常に目立っている人よりも、普段目立たないアノ娘の魅力に気付いた時のほうが、ずっと良くみえてしまうものなのだ。しかもそれがラストだってんだから、尚更である。この大逆転ホームランの意味も含めて、バットにとっては本当に幸せな最終回だった。

 勿論バットだけでなく、ケンもリンも、ついでにマミヤも、見事に綺麗に纏まった最終回となっている。現在生き残っているメインキャラが、それぞれの持ち味を発揮した、素晴らしいラストだ。(海の人?誰だそりゃあ)ただ綺麗に纏まりすぎて、その後の展開を想像する愉しみが無くなってしまったともいえる。リンの死環白の問題を残したまま終わるというのも、それはそれで良い。私もハッピーエンド好きではあるが、これはちょっと出来すぎだ。

 この最終章の完成度が高い最大の要因は、やはり第一話とリンクしている点だろう。フラフラで現れるケン、牢屋の中の二人、ぶち壊された鉄格子、Z-666への百裂拳・・・。興奮とか感動とはまた違う、懐かしさを感じることで、ああ最終回なんだな、という思いを読者の心に響かせる、これ以上無い演出だ。まさに最終回の王道。大作漫画の定番。北斗の拳という作品が、ケンシロウが、あれだけ熱い歴史を経てきたからこそ、このラストはより輝きを増すのである。
・さらばだリュウ
全然リュウに北斗神拳教えてないやん!と言いたくなるが、これはリュウの紹介文でも書いたとおり、ケンはもともとリュウを北斗神拳伝承者にするつもりがなかったからである。前の三篇を読み直してもらえば判るが、ケンは一言もそんな事を口にしていない。おまけにFC北斗の拳4では、リュウは伝承者になりたくなかったとまで言っている。リュウが哀しみを知る心を身に着ければ、それでOKだと考えていたのだ。
 しかしそうは言っても、ケンさんも特に何もやる事がないんだから、一緒にいてやればいいのになぁとは思う。
・バットが秘孔を?
当たり前のようにリンの秘孔を突いて、記憶を奪ったバットさん。いつの間に学んだのかという人も居るが、バランが拳王様についていってただけで剛掌波まで使えるようになった事を考えると、ケンの側にあれだけいたバットならば、記憶消去の秘孔くらい使えても全然不思議ではない。むしろその程度のことしか出来ないのかと言いたいくらいだ。それでも秘孔を突くには多少なりとも闘気を使えなければならないわけで、やはりバットには敷居が高い気もするのだが、自らの胸に七つの傷を突ける際に「グアア」と、微量ながら手に闘気を宿らせているシーンを見る限り、問題なさそうだ。おそらくバットも帝都編以降、修行をしたのだろう。その割には情けなくボルゲに敗北したが。
 もう一つの可能性として、死環白によってリンの記憶中枢が不安定になっていた可能性も考えられる。電池の切れたスーパーファミコンのカセットのように、軽い衝撃を受けただけで脳内メモリーを失ってしまう状態となっていたのではないかということだ。記憶が数時間しかもたないという症状も現実にあるだけに、無いことはないだろう。
・光る七つの傷
ユリアが雷でケンの記憶を奪ったとき、何故七つの傷が光りだしたのか。それは、この北斗七星の形が、記憶を司る秘孔の位置と同じだからである。カイオウがヒョウの記憶を奪ったとき、ヒョウは背中を北斗七星の形に突かれていた。つまりケンの傷の位置は、丁度記憶を奪う秘孔の位置と同じなのである。まあ表裏逆ではあるが・・・
 何故光ったのかに関しては、ユリアの神力によって経絡が操作されたという奇跡の副産物であると言うしか無い。
・ボルゲの実力
事実上ラスボスとなったボルゲ。だがそれまでの強敵達と比べると、どうしても見劣りしてしまう。トリを任せるにはいささか力不足だと言わざるとえない。しかし、彼は決して弱くなどない。なんせ、「皆腕の立つ屈強な男達」の集団であるゾルド軍を全滅させているのだ。ボルゲも部下を連れているが、とても強そうには見えない。屈強なゾルド軍とのバトルでは殆ど役にはたっていないだろう。ということは、ボルゲはそのゾルド軍をほぼ一人で相手にし、無傷で勝利したという事になる。しかも、盲目と、右手を使っていないというハンデ付でだ。これはもう、上級修羅クラスの力はあると考えていいだろう。
 だが彼の真の恐ろしさは、その頑丈さである。物理的な防御力もそうなのだが、何より特筆すべきなのは、秘孔で頭を破裂させられているのに起き上がってきた、あのゴキ並のしぶとさだ。ケンは「地獄でも二度とおれに顔を見せるな」とまで言って秘孔を突いた。それまでの怒りも含めると、生半可な威力の秘孔ではないはず。ブランカ兵に突いたものとはワケが違うのだ。それなのにボルゲは死ななかった。地獄どころか、わずか数秒で再びケンに顔を見せたのだ。つまりこれは、ボルゲの耐久力がケンの予想をはるかに上回っていたという証に他ならない。
 このしぶとさをもってすれば、二流以下の相手であれば、ボルゲは殆どの相手に勝利する事ができるだろう。バランのヘナチョコ剛掌波なんぞ無視してつっこめるだけの防御力はあると思う。この修羅の国編以降の四部においては、十分ラスボスとしての強さは備えていたと言っていいのだ。
・ボルゲが目を失った時
ボルゲがケンに目を切られたのは、第一話から、シンを倒すまでの間だと言う説が有力だ。バットがいて、リンがいないという時間帯を考えると、そこしかないからである。KINGの勢力圏内ではボルゲも動きにくいだろうから、シン死亡〜オアシス間の可能性が一番高いと思われる。まあ、たまたまその時だけリンがいなかったという考え方も出来るのだが、そうしたところで新たに有力な説があるわけでも無いので、それでいいと思う。
 ただひとつ問題を挙げるなら、ボルゲの台詞を読む限り、この時点ですでにケンの名が可也有名になっていそうだという点である。果たしてサザンクロスを陥落させただけで、そこまでケンは有名人になっていたのだろうか。だが天の覇王でのリュウロウの台詞や、携帯小説のケンシロウ外伝によると、原作第一話までの間にもケンは可也動いており、既に救世主として名を馳せていたようだ。よって、十分闇討ちするに値する首となっていたと考えていいだろう。
・エンディング
アニメではカイオウを倒した後、「ユリア・・・永遠に」に乗せてケンが去っていくわけだが、その演出はこの原作のラストにこそ相応しい。修羅編、ユリア関係ないしね・・・

≪ブランカ編