地元のパチンコ屋に
神谷明御大
がやってくる
という胡散臭い情報を得た。
だが調べてみるとどうやら本当らしい。
パチスロ北斗の拳SEのPRだかなんだかで全国を回っておられるらしい。
最近、ご病気で倒れられたという記事も見ていたので、いまさら御大が動かずとも人気は不動のようにも思えるパチスロ北斗の宣伝のために体を酷使してほしくはないというのが本音だ。しかし、田舎住まいの私には、こういった有名人を生で見れる機会などあまりないため、このチャンスを逃す手はない。出陣じゃ!
そうと決まれば、まずは心構えから準備せねばならないだろう。
なにしろ今回のイベントは、かなり特殊だからだ。
まず声優という
声を商売にしている人を、五月蝿くて何も聞こえないような場所に呼んでなにか喋らせるという企画自体無理があると思われる。
そして客層。いろいろ話を聞いても、いまだにスロット北斗を打っている人間の半数以上は北斗の拳の内容を知らない人たちばかりのようだ。しかもアニメとなると更にその数は減り、声優などという分野にまで及ぶと、興味のある人を探すほうが難しい。店側の宣伝が小さければ、
「あのケンシロウの声まねをしているちいさいオッサンは誰?」という雰囲気になってしまうであろう事は間違いない。
神谷氏が、わが故郷に悪いイメージを持ったまま帰ってしまわれぬようにだけはしなくてはいけない。それはこの地に住まう北斗オタである私の使命ともいえる。
御大の来られる店、「DREAM DREAM」は、市に4店舗ほどあるらしく、どこにいけばいいのかよくわからなかったので、一番最近できた近所の大型店で待つことにした。
17時40分入店。店内を見回しても神谷氏の来店情報等はどこにも貼り出されておらず、不安が募るが、喧騒の中に響く店内放送を良く聴くと、各台のフィーバー情報に混じって、「まもなく神谷氏が来店される」との旨がお知らせされていた。良かった、合ってた。
18時。そろそろ時間かと思って放送に耳を傾けていると、カウンターに来た先着10名に御大サイン用の色紙を渡すとかすかに聞こえてきた。
急いで飛んでいくと、既に幾人かの列が。御大に興味を示しているのが自分だけだったらどうしようと思っていたので、なんだか本当に安心したよ。
ただ、明らかに状況を理解してない白髪のおじいちゃんもその列の中に居たのだが、あれはなんだったのだろうか。もらえるもんはもろとこう精神なのだろうか。
説明によると、この色紙をもって20時にまた集まれとのこと。かなり待たされることになるが、これだけ早く入っていなければ色紙を貰えていなかったわけだし、まあよしとしよう。
さて目的は全然別とは言え、せっかくホールに訪れているのだからすこしは北斗SEとやらに触れておかねばならないと思い、徐に台の前に着席。話題作の割に、いとも簡単に座れて少し意外だった。そういえば周りからもあまりこのSEのいい評判を聞かない。前作に比べ人気はあまりないのだろう。
さみしい財布の中からとりあえず1000円、また1000円、と次々に投入するが、前作と特に変わり映えのしないイベントしか現れない。結局シンとサウザーに軽くあしらわれただけで3千円で終了。これ以上払うとやけに高いサインとなってしまいかねないので速やかに試打終了。
さすが最新大型ホールだけあって休憩所もかなり大きく、並べられた漫画の量も尋常ではない。故に時間を潰すのは全く苦にはならなかった。
BAKIを13巻まで読んだあたりで、時間は20時。さていよいよか、と思い再びカウンターへと訪れるが、特に何も始まりそうな気配はない。まわりには同じようにどうしていいのかわからず、色紙を持ってうろうろする人たちが。かなり異様な光景だ。
約30分後、ホール奥の、段差で高くなっている場所にスタッフが集まり始めた。
「いよいよ神谷明さんの登場です!」
パチンコの喧騒に負けぬ大音量のマイクパフォーマンスが響く。
この30分、何も知らされずにウロウロさせられた我々に謝罪はないのか。ていうかカウンターに来いっていったくせに全然別のところからスタートしてるじゃねえか。とスタッフの手際の悪さにイライラ。
するとその時、見覚えのある小柄な男性が小走りでステージに登壇した。
神谷明御大
登場!!
営業スマイルとは思えぬマンキンの笑顔を全方向に振りまきながら神光臨。
やけに露出の多い進行のネーチャンに促されてステージの中央に降り立たれた。
早速マイク片手にいろいろと語り始める御大であったが、やはりホール内の音が五月蝿くてほぼ何も聞こえやしない。先ほどの休憩所などでやれば騒音も多少軽減されていい感じだと思うのだが……。でもまあわざわざ台を離れてまで集まる者などそうそういないだろうし、これで正解なのだろう。
聞き取れた箇所から内容を推察すると、どうやら自分と古川登志夫御大の関係についてお話されていたらしい。諸星あたると面倒終太朗の関係がケンとシンになり、そして毛利小五郎となんとかいう刑事の関係に発展したのだという歴史を、自ら古川氏の声真似をしながらお話になられる御大。
ギャラリーはというと、なにやらよくわかっていないまま携帯でパシャパシャやったり、台から離れないまま首だけこちらを見ている人などがほとんどのように見えた。せめてなにかイベントの内容などを書いた立て看板などを用意すべきだったと思うのだが。私はというと、目の前にあの神がいるという現状に自然にこみ上げてくる笑いと、おなじステージ上で色紙を持ってならんでいる中のひとりとして好奇の視線に晒されている恥ずかしさでニヤニヤしていた。
5分ほどのミニ公演終了後、我々色紙組がよばれた。
念願のサイン会開始だ!と私の興奮と緊張はMAXに。
しかしそこで始まったのは、渡された新品の色紙を、既に神谷氏のサインが書かれた色紙に順次交換していくという謎の儀式であった。
おそらく、その場で生でサインをするというのは場所・時間的に難しいと判断してのことなのだろう。それはわからんでもない。
だがそれなら最初に白色紙を渡す必要無いだろ。
引換券みたいなのでよかったやん。色紙をもってうろうろするの、結構恥ずかしかったんやぞ。
その後、順番に神谷氏と並んでの写真タイム。
御大が登場してからはほとんど脳を使っていなかった私は、いきなりの接触にどうしていいかわからず狼狽。
そうこうしているうちに私の番が回ってきた。
深々と挨拶をした後、スタッフの構えるポラロイドに向かってポーズ。御大が拳を固めたので、私も自然にそれに倣いポーズをとったところでパシャリ。
※私のフェイスは元十両力士 陸奥北海氏で隠させていただきました
なにかもっと他に面白いことが出来たような気もするのだが、いかんせん脳内リハーサルが足りなさ過ぎた。無念だ。
しかしネタ的には失敗でも私自身としてはこれ以上無い興奮であった。
たぶんあまり息とかしてなかったと思う。
最後に握手をしてもらい、
「あっ……ああ……がばてくぁさい」
とキョドりながら早口で挨拶をし、再び頭を下げた。御大も何か仰られていたが、やはり五月蝿くて聞きとることはできなかった。たぶん、私の声も御大には届いていなかったことだろう。
一通り写真を撮り終えた後、御大は北斗SEの並ぶレーンへと降り、当たり中の台の前で「ホアチャー」っと順番に叫んでおられた。言われた人は一様に苦笑いを返していたが、それは仕方ないだろう。
まだこれ以上なにかあるとも思えなかったので、わたしはこの辺りで店を後にした。ごっつい雨が降っていたので、サインは服の中に入れて帰った。
貰ったサインも直筆じゃなく印刷っぽかったけど……
家宝にさせていただきます。